小・中・高における国語授業の改革 文学作品・説明的文章を読む方法 -構成・構造、形象・論理、吟味・批評- の追究 「読み」の授業研究会

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運営委員の実践

詩「黒い牛」の授業

小林 信次 (日本福祉大学)

詩「黒い牛」
             日本福祉大学  小林信次

 名古屋市民文学祭(名古屋市民芸術祭2014主催事業)に「黒い牛」が入賞しました。
この詩は、筆者の「遠い故郷・長崎」をテーマにしたものです。
応募は「短詩型」でした。今年は、六十五回だそうで、十一月に、「名古屋短詩型文学連盟賞」(賞状と賞品)をいただきました。入賞の方の作品集も、発行されました。
現場にいる時から、国語の教師として、詩や俳句の創作に関心をもって継続してきました。筆者の共著書に、ベストセラーになった『子どもと読みたい詩』(詩集)があります。また、自作の詩集『ありがとう』『この星の呼吸』があります。教師としても詩にこだわって創作を続けてきた成果の一つだと実感しています。
実践報告から少し離れますが、この詩の授業プランを紹介します。

   黒い牛
                 小林しんじ

大人の話が
牛小屋まで届いたのは
ずっと昔

ピカッと
空いっぱいに光ったばい

雷の光とはちごうとって
あの光が目の中に
飛び込んできたばい

あれがピカたい
原爆じゃったと

あれで長崎がだめになったと
原爆にやられたもんが
何人もこの村にも
おらすとばい

戦地から引き上げてきたばい
着の身着のままのからだを
引きずって
死ぬと思うとっとばい

やっとの思いで家へたどり着いて
ノミとシラミの軍服を脱いで
風呂に入ったら
垢が桶にいっぱいになったと

ほら、太もものここんところに
鉄砲の流れ弾の傷があっと

酒に酔って踊りが始まり
むかしの話がはずむ

あの大人たちは
歳を取っていき
みんな亡くなって
あの戦争の話を
聞くこともなくなった

あの牛小屋で
よだれをたらして
手の先の草を食べていた子牛

幼い私といっしょに話を
聞いていた黒い瞳の
あの親子の黒牛も

今はもういない
        (番号は後で筆者がつけた)

1 学生の感想
 この詩「黒い牛」を授業でやるとするとどういう組み立てにしていくのか?
そういう思いもあり、「国語科指導法」の大学生に一読した後、感想を書いてもらいました。
感想は、筆者が期待した以上に、次に紹介するように、反応がよかったです。学生にこの詩を投げかけてみたところ、こだわりのある読みができているなと、とても嬉しい気持ちがわいてきて、「授業プラン」を作ってみました。

・切なくてとても痛い詩であった。人をテーマにしているのではなくて牛の親子が中心に描かれているのは、少 し変わっていておもしろい。戦争の痛み、悲しみがひしひしと伝わってきた。
・だんだんと、誰のどういう気持ちなのか読み進めていくと分かってきた。刺激的だったし、最後の「あの牛小 屋で・・・今はもういない」は、切なくもあり、深く響きました。 題名では、どういう意味の詩かわからな かったけど、最後の方で牛の意味が分かったときの哀しさがなんか心に刺さりました。
・今、あの戦争がどんどん過去のこと、現実味のないことになっている様がすごく現れている。戦争を体験した 人の話を聞いたって本当のことのように、本当に怖いとは思えないのに、それが実際に体験した人の話を聞い た人の話・・・というように。どんどん現実、戦争という現実から遠のいていったらと思うとそれが何よりも 恐怖だった。

2「黒い牛」の授業プラン

「読み研」では、詩を①構造読み②技法読み③主題読みとして展開している。
主要な大まかな発問計画を作ってみた。
表層の読みの解説としては、いくつかの方言や「牛小屋」「ビカ・原爆」「戦地・引き上げて」「軍服」「流れ弾」がある。

(1)構造読み
・「転」をさがす。「この詩の転はどこですか?」が中心になり、起承転結の転をめぐっての討論をしていくができる。例えばA案、B案で。
A 転は⑩「あの大人たちは・・・」でしょうか。あるいは、
B 転は⑩⑪⑫「⑬が今思い出していることで結になっているから」
と大きく、二つにわかれる可能性もある。
理由としては

・作者の戦争を話してくれた大人たちが、今はいないということが、テーマになっている
・①は「起」で②から⑨までが「承」で、昔の話として、大人たちの戦争時代のことであり⑩で変化している

・⑩⑪⑫は、作者が昔を懐かしんでいるというのでテーマになっている
・⑬を「結」として見た方が、「今はもういない」という最後の一文が全体からみて「結」とした方が構造的なとらえ方である。
筆書自身も迷いがあるが、A案でいきたい。

(2)技法読み
・構造読みができれば、この詩全体の技法も読めてくる。一つの切り口として次の発問が
考えられる。技法としては、「昔」と「今」の対比がある。
それと、会話文になっていること、合わせて方言(長崎弁)が使われていることをとり上げてみたい。
「大人たちの話はどこからどこ?」「牛の話はどこにあるかな?」
「大人たちの話を方言で書いてあるのはなぜ?」
「方言で書いてあることで、どんな形象が読めるからな?」
「牛のことと大人の話がどうして重なるの?」
「大人の話と牛の話を対比させてみると何がわかるかな?」

(3)主題読み
 主題(テーマ)は、学生の感想にもふれてあるが、幼い昔の故郷の家族、親類を思い浮かべている。ただ昔を懐かしむというのでなく、原爆や戦争の時代を知る人々を偲んでいて、黒い牛もいなくなったということでの二重の意味で語られ、死や戦争をしっかり見つめ直しているということ。
・「この詩のテーマは?」という問いで可能かも。
・あるいは、「この作者が一番言いたかったことは?」
・題名を「牛」にしてあるのはなぜ?

テーマに関わって、私の「黒い牛」を審査員の講評を紹介しておきたい。
「戦争の体験を話せる人が減って、肉声で戦争のむごさを聞くことが少なくなりました。戦争を過去のできごとと書きながら、詩全体から不安感が立ち上がってきます。」
と書かれていました。

●.この「黒い牛」の詩を読み、あるいは、授業で取り上げられたら、ぜひその感想や様子を教えて下さい。

詩「黒い牛」の授業

詩「黒い牛」
             日本福祉大学  小林信次

 名古屋市民文学祭(名古屋市民芸術祭2014主催事業)に「黒い牛」が入賞しました。
この詩は、筆者の「遠い故郷・長崎」をテーマにしたものです。
応募は「短詩型」でした。今年は、六十五回だそうで、十一月に、「名古屋短詩型文学連盟賞」(賞状と賞品)をいただきました。入賞の方の作品集も、発行されました。
現場にいる時から、国語の教師として、詩や俳句の創作に関心をもって継続してきました。筆者

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