小・中・高における国語授業の改革 文学作品・説明的文章を読む方法 -構成・構造、形象・論理、吟味・批評- の追究 「読み」の授業研究会

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ルールに気づく文法の授業 補助動詞の巻

『読み研通信』112号より

鈴野 高志

0.はじめに

 中学校国語科での現代語(口語)文法で動詞について扱う際は、たいていの場合、高校での古典文法への準備、という意識からか、いわゆる「五段活用」をはじめとする「活用」の学習にスポットが当てられがちで、定期テストなどにおいても例えば文中の動詞に傍線が引かれ、その「活用の種類」や「活用形」を答えさせようとするものが多いのではないか。
 一方で、動詞の下位分類に相当する「自動詞」と「他動詞」、あるいは「補助動詞」といったものについては、あまり触れられないか、触れても機械的にやり過ごしてしまうケースが多いものと推察される。
 実際、手元にある文法の補助教材でも、「いる」「ある」「みる」「くる」「いく」「おく」等の補助動詞の種類が簡単に説明されたあとには例えば次のような練習問題が並べられているだけである。
  ――部の動詞のうち、補助動詞はど
ちらですか。記号を書きなさい。

①ア 私の家には犬がいる。
 イ 犬がえさを食べている。

②ア 机の上にえんぴつをおく。
 イ えんぴつを用意しておく。

 右の例ではいずれもイが補助動詞、ということになるが、実は補助動詞は例外なくいわゆる接続助詞の「て」を伴って「〜ている」「〜ておく」のように用いられるため、このような問題では意味を考えずとも見た目だけで機械的に答えられてしまう。これでは文法の授業が楽しくなるはずがない。
 日本語を母語とする学習者にとっての文法の授業は、ふだん自分たちが無意識に使っている日本語にも、実は英文法などと同じように言葉のルールがあることに気づくこと、ひいてはそのような学習の積み重ねによって物事をメタ的な視点でとらえる力をつけることをめざすべきではないだろうか。

1.「(〜て)いる」は現在進行形!?

 中学校の英語の授業で比較的早い時期に、生徒たちは「現在進行形」について学習する。例えば、 I am playng tennis.
(私は今、テニスをしている。)のような文型がそうである。その影響からか、国語の文法の授業で、補助動詞「いる」を含む例文を提示すると、「現在進行形だ」と反応する生徒が少なくない。
 ところが実は、日本語の「(〜て)いる」を含む文の中には、必ずしも英語における「現在進行形」には相当しない局面を表すものもある。
 例えば、「西側の窓が開いている。」では、場合によっては閉まっていた窓が少しずつだれかによって開かれつつある局面を表すこともあるかもしれないが、それよりもすでに開いている状態の窓を指して言うケースの方が圧倒的に多いはずだ。

2.一緒に用いられる動詞に注目 ――帰納法的に気づかせる

 実際の授業では、始めの段階で教師から次の2つの例文を提示する。

A 今おいしいステーキを食べている。
B さっきから西側の窓が開いている。

 その上で、以下に挙げる文の「(〜て)いる」が、ABどちらの使われ方に近いかを子どもたちに判断してもらう。

① 下の部屋で電話が鳴っているぞ。
② 余震でまだ棚の上の人形が揺れている。
③ ドアの取っ手のところが故障している。
④ そんなところで薄着で立っていると風邪ひくぞー。
⑤ 京都にはすでにゆうべの新幹線で到着しているんです。
⑥ 彼、ハーバードを卒業しているんだって。でもちょっと怪しいな。

 上の①〜⑥では、①②④がA,③⑤⑥がBに相当する。子どもたちも多少迷うところはあるかもしれないが、比較的容易に分類できるはずである。
 次に教師は、ABの分類に基づいて「(〜て)いる」を伴っている上の動詞の部分に注目させる。するとあることが見えてくるのである。
 Aに分類されている①②④では、「鳴る」「揺れる」「立つ」という動詞が、またBに分類されている③⑤⑥では「故障する」「到着する」「卒業する」という動詞がそれぞれ「(〜て)いる」に伴って用いられている。その、それぞれのグループにおける動詞の共通点を子どもたちに考えさせるのである。

 教師「Aの『鳴る』『揺れる』『立つ』の共通点って何?」
 子ども「?」
 教師「じゃあ、Bの共通点ならわかるかな。その状況を思い浮かべてごらん。『到着』も『卒業』も『故障』も、それぞれが行われている時間の長さは?」
 子ども「短い」
 教師「そうだ。『故障する』こと自体は瞬間のことだろうし、新幹線が京都に『到着する』のも時間の長さで言えば短い。『卒業する』のだって、それまでに単位をとったり論文書いたりする期間は長くても『卒業する』その時自体は短い時間のことだ。それに対して『鳴る』『揺れる』『立つ』は? もちろん瞬間でもできることではあるけど一方で?」
 子ども「し続けられること」
 教師「そうなんだよ。一定の時間、継続できることだよね。だから『鳴っている』も『揺れている』も『立っている』も一定の長さ続いているから、英語の現在進行形に近い使い方ができる。じゃあ、Bの方はある短いひと時に『到着』したり『卒業』したり『故障』したことなのになぜ「〜ている」で表すのかな? この場合、動作が続いているわけじゃないよね。でも、何かが続いている。それは何? 『卒業』したり、『到着』したり『故障』した…?」
 子ども「結果!」
 教師「そう。結果は残っているんだよ。だからBの言い方は、ある短い時間に行なわれた結果が続いている、つまり継続していることを表す用法なんだね。」

 このように、補助動詞「いる」については、それに伴う「(〜て)いる」の「〜」の部分に入る動詞に共通する動詞の性格を分析することでその本質に迫ることができる。
 「(〜て)いる」については、他にも例えば「ぼくは毎晩日記をつけている」のように習慣を表す用法や「ランナーが次々にゴールインしている。」のように断続的な動作を表す用法がある。これらについても子どもたちに、その実例から考えさせる授業を組み立てることが可能である。機会があったら紹介したい。

ルールに気づく文法の授業 補助動詞の巻

0.はじめに

 中学校国語科での現代語(口語)文法で動詞について扱う際は、たいていの場合、高校での古典文法への準備、という意識からか、いわゆる「五段活用」をはじめとする「活用」の学習にスポットが当てられがちで、定期テストなどにおいても例えば文中の動詞に傍線が引かれ、その「活用の種類」や「活用形」を答えさせようとするものが多いのではないか。
 一方で、動詞の下位分類に相当する「自動詞」と「他動詞」、あるいは「補助動詞」といったものについては、あまり触れられないか、触れても機械的にやり過ごして

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