国語教育の視点による「科学ディベート」の実践

論理的に思考し、議論する力の習得を目指して

松井 健(立命館守山高等学校)

 本校はSSH(スーパー・サイエンス・ハイスクール)指定校として2年目を迎えた。カリキュラムは理数教科に特化しており、正課内外では教科間連携をしながら「科学」的な物の見方考え方を育成することを教育目標の一つにしている。国語科では1年次に「化学」と連携して「化学プレゼンテーション」を実施、2年次には「生物」と連携して「生命倫理ディベート」を実施した。
 本稿では、2年次「生命倫理ディベート」に至るまでの取り組みを紹介しながら、論理的に思考する力や論理的に議論する力をどう育成したかを紹介したい。また実践の検証や課題は別の機会に委ねたい。

1.「論理的に読み考えること」の導入
 
 1年次に説明的文章の基本を学習。教材『魚の感覚』と『動物の体』(高校1年生では容易な内容であるが、今後の説明的文章の読み方のフレームをおさえる上で最適と思われる)を使って「構造読み」「論理読み」「吟味読み」を行い、論理的思考への意識形成を図る。『動物の体』で吟味の指標を提示し、『魚の感覚』では班学習で議論を深めながら生徒自身の力で論理を読み、指定した段落の吟味をさせた。その後、『水の東西』『身体の創造力』などの高校教材を使って主に論理関係を読ませた。

2.「論理を鍛える」
 
 1年次で「ドラエモン」をテーマにディベートのスキルを学びトレーニングをし、2年次では簡単な社会論題(「JRの優先席の有無」)を使ってトレーニングを行った。同時に、論理を鍛える幾つかの実践を試みた。
(以下、中心的にこの実践を紹介する。【】内は授業時間数)

(a)「論理パズル」によるトレーニング【2時間】

<問>A、B、Cの3人がいる。「神様」「悪魔」「人間」が一人ずついる。「神様」は必ず本当のことを言い、「悪魔」は必ずうそをつく。「人間」は本当とうそを適当に使い分ける。3人のコメントは以下の通りである。
A:「私は神様ではない」
B:「私は悪魔ではない」
C:「私は人間ではない」
さて、A、B、Cはそれぞれ誰か?

<問>1匹のキツネと1匹のウサギと1個のキャベツを持つ農夫が川を渡ろうとしている。川には小さな舟があるが、農夫の他にたった一つしか乗れない。しかも、キツネとウサギ、ウサギとキャベツのそれぞれは二つ一緒にしておくことができない。(食べられてしまうから)
 さて、農夫はどのように川を渡ったらよいか?

等という有名な「論理パズル」を使い、筋道立てて考え解いていく訓練を行った。
「論理パズル」は、多くの場合、どこから考え始めるかによって答えにたどり着くまでの時間がかなり違ってくる。何度も試行錯誤を繰り返すうちに論理的に考える訓練ができる。そのうち、最初はランダムに試行錯誤するだけであったが、数問繰り返すうちに、理詰めに考える思考の発達にもつながっていく。

(b)「論理パズル」の解法を文章化する【2時間】
 
 aについては、難度の高いパズルについて「班」を使いながらあれこれ話し合いをさせ解読させた。この場合、必ず優秀な生徒が居る者で、ものの10分もあれば解読をしていく。難しいのは、分からない生徒にわかりやすく教えることである。これがなかなか難しく、自分が解法に至った道筋をもう一度言語化して分からない生徒に分かるように教えていくことで、更に、論理的に説明する力の育成にもつながる。そこで、次のようなパズル等を使って、解法を文章化させる取り組みを行った。

<問>凶弾に倒れたR・ケネディの魂が天に昇る途中で、白い翼の天使からこんなことを教わった。
「あなたはもうすぐ分かれ道に着くでしょう。一つの道は天国に、もう一つの道は地獄に行く道です。そこには二人の人が立っていて、あなたはそのどちらか一人に1回だけ質問することができます。天国に行く道がわかるように上手に質問しなさい。但し、二人の人というのは、天使の姿になっているので、あなたに区別はつかないでしょうが、一人がチャーチルでもう一人はヒトラーです。チャーチルはいつでも本当のことを言いますが、ヒトラーはいつでも必ずうそをつきます。あなたはそのどちらかに、1回だけ『はい』か『いいえ』で答えられる質問をしなければなりません。2回以上質問をしても、二人とも答えてくれません。」
 さて、ケネディは誰だか分からない相手にどんな質問をすれば天国に行くことができるのか。

 やはり優秀な生徒は数分で解決し、筋道を文章化し始めるが、大抵の生徒は1回しか質問ができないことで苦労をしたようだ。結局、最後はこちらで解法までの道筋を説明し、ポイントを箇条書きしたものを繋ぎ合わせて文章化するということになった。
 最後に、今回のディベートでは、「生物」の「遺伝子」分野の学習と関わって『生命医療倫理』をテーマに3論題を呈示した。
・『出生前診断の義務化について、是か非か。』
・『癌患者への告知の義務化について、是か非か』
・『赤ちゃんポストの設置の義務かについて、是か非か』 の以上である。
ルールは、4~5人で1班を形成し、班対抗で肯定側・否定側に分かれて行う。流れは、【肯定側立論3分-否定側質疑2分-否定側立論3分-肯定側質疑2分-作戦準備タイム3分-否定側反駁3分-肯定側反駁3分】で実施した。(ルールには色々なバリエーションがある。生徒の実情に合わせて採用すると良い)
 事前に生徒は与えられたテーマに関する様々な資料文献を調査引用することになるが、どうしても「インターネット」検索情報に頼ってしまう。そこで、「メデイアリテラシー」の観点も授業の中で必要になってくる。

(c)メデイアリテラシーの観点を指導【1時間】

 特にインターネット情報の曖昧さやいい加減さをおさえることを試みた。ある個人のプログや個人的な情報掲示板から、生徒に関心のある芸能人の話題を、情報源を隠して紹介をした。案の定、生徒は興味本位で読み始め大騒ぎするが、「実は・・・」と本題に入る。「なんだそうだったのか」で終わらずに、資料を引用するに当たっては「情報源」を鵜呑みにしない、特に、インターネット情報をそのまま引用しないことを注意した。また、統計やデータの読み方も指導をした。

<問>「日本は水の豊かな国」と言われるが、実際、世界の年間降雨量を比べてみると、おおよそ次のようになる。(主要観測地点でのデータを平均したので、正確ではない)
 アメリカ 約800ミリ (ニューヨーク 1122ミリ)
 イギリス 約800ミリ (ロンドン 594ミリ)
 フランス 約750ミリ (パリ 585ミリ)
 ブラジル 約1700ミリ(サルバドール 1837ミリ)
 日 本  約1780ミリ(東京 1503ミリ)
このように確かに降雨量は多い。常識通り「水は豊か」なように見える。
だが、5カ国の中で年間降雨量が一番多いという理由から5カ国の中で「水は豊かである」とは断定できない。その理由を考えよ。

 意外に生徒はデータの問題点に気がつかないようで、適切な指摘ができるまでに10分以上は要した。

 このような授業を行い、6クラスで予選を実施し、各テーマのクラス代表を1班ずつ選出した。最終、1学年収容できるメデイアホールという施設で各クラス代表による「ディベート選手権」を開催した。さすがに決勝戦になると、法廷さながらの白熱した論戦が展開され、当初、論理パズルで匙を投げていたA君が舌鋒鋭く弁舌を振るっていた(しかも理路整然に)のが印象的であった。
 なお、パズル等は『詭弁論理学』野崎昭弘著(中公新書)や『論理パズル「出しっこ問題」傑作集』小野田博一(講談社ブルーバックス)を参考にさせていただいた。

プロフィール

「読み」の授業研究会
「読み」の授業研究会(読み研)
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2021年に設立35年を迎えました。