「コペルニクスと神秘思想」(小山慶太)の授業報告

湯原 定雄

読み研通信82号(2006.1)

一 教材について

 桐原書店「探求現代文」掲載の評論文。高校二年生で扱う教材となる。
 コペルニクスは地動説を提唱したことで知られ、「コペルニクス的転換」という言葉で表されるように、「連綿として続いてきた天動説を否定した」人物として知られている。そのコペルニクスの地動説は「科学の歴史上、特筆すべき最大の出来事」とする通説に対して、詳細な事実をあげながら、実は、「古代の自然観を母体とし、中世の神秘思想の産着につつまれながら」生み出されてきたことを述べる文章である。
 通説に対して、筆者独自の観点から仮説を述べていることが非常に明確である。こうした論説文の性質を教える上でも適当な教材だと言える。
 さらに、問題提起がはっきりしている前文、その後の本文の順序だった説明、また問題提起と照応した結論部分と、構成もきわめて明確であり、構造読みを教える、あるいは確認する教材としてふさわしいと考えた。

二 構造読み

 

 この文章の構造を次のように読み取った。

前文 1~7 問題提起
「コペルニクスは本当に、古代、中世の自然観を跡形もなくぬぐい去り、近代科学はそうしたものと完全にたもとを分かった状態で生まれてきたのだろうか。」
本文① 8~14  当時の天動説
本文② 15~17 天動説に対するコペルニクスの疑問・不満
本文③ 18~21 コペルニクスの地動説
本文④ 22~23 コペルニクスの地動説の背景
本文⑤ 24~35 新プラトン主義の影響
後文  36~39  結論と次の課題
「地動説は古代の自然観を母体とし、中世の神秘思想の産着につつまれながら産み落とされたのである。我々は、……歴史をたどっていくことによって今まで見えなかった科学の正体が、あぶり出されてくるかもしれない」

 また、前文と本文、本文と後文の切れ目は、テキストの1行空きと一致しており、その点でも生徒には分かりやすいものになっている。

三 授業について

(1)指導の目標としたこと
 授業においては、構造読みを教えるのにふさわしい教材だと考えられた。問題提起と結論の対応、結論にいたる本文の説明もつながりは比較的明確であるためだ。
 本文は教科書で11ページにわたる長文。また、授業では4時間程度しかこの教材に配当できなかったこともあり、「構造読みをすることが、長文をすばやく全体をつかむ方法である」ことを教えたいと考えた。
 また、今年度はじめて授業を持った生徒たちであり、説明文の読み方を確認するには適当な教材だと考えた。

(2) 授業の流れ
 授業においては、次のような流れで実施した。
1「前文」「本文」「後文」に根拠を明確にしながら分ける。前文、後文については本文における役割を明確にする。 
2 本文をさらにいくつかに分ける。また、小見出しをつける。
3 分けたそれぞれの本文を柱の段落に絞りながら要約をする。
4 それぞれの本文のつながりをつかむ。
5 全体の要約をする。

 本文が長文であること、時間数が短いこともあり、事前に書き込みができるようなプリントを作成し、配布した。そのプリントには「前文」「後文」の主な働きを挙げ、この文章の場合はどれかを考えるヒントとした。また、要約を書き込めるような欄もつけた。また、適宜グループ討論を加えた。

(3) 前文の柱の決定 
 構造読みについては、異論が出ることもなくすんなりと決まっていった。
ただ前文の柱の段落を決める段階で6、7という二つの意見がグループ討議を経て出た。

6 しかし、コペルニクスは本当に、古代、中世の自然観を跡形もなくぬぐい去り、近代科学はそうしたものと完全にたもとを分かった状態で生まれてきたのであろうか。
7 ①確かに話としては、一人の天才が誤謬に満ちたそれまでの宇宙観を一夜にして一掃し、人々の前に隠されていた真理を明示したと考えるのも、面白いかもしれない。②ただ、いささかできすぎの感なきにしもあらずである。③そこには、後世の人間が歴史を見るとき抱きがちな勝手な思い込みが混入しているのではないか。

 

 6段落は「本当に~だろうか」と通説に対する「問い」を発しており本文全体の問題提起である。
 7は①文でまず通説の立場をいったん認める立場に立ちながら、②はそれに対する筆者の印象。そして③で、筆者の「問い」を「勝手な思いこみがあるのでは」という別の表現で提出することによって、6を説明し、補強していると言える。6は通説に対する疑問であり、著者は説明する必要があると考えたのだろう。6が柱の段落である。
 授業において、7③の「~いるのではないか」という形式にひかれて柱だとするグループがいくつかあった。
 6も「本当に~であろうか」という形式でありそれだけでは決定できないことを示した上で、どちらも問題の提示であり、同じ問いといえるのだが、「より抽象度、一般性の高い方を柱とする」という立場に立って比較をさせた。
6は一文であるのに対して、7は三文もあり柱と言えるかどうか、また、7では「一人の天才」とあいまいな言い方をしていることなどがあがった。教師の側から、後文の結論と思われる文との照応があることも示し、6が柱であると決定した。

四 授業を終えて

 段落相互の関係を読み取り、柱の段落や文を決定していくことは説明的文章を読む上できわめて重要なことだ。
 前文の柱の段落は、「明らか」で問題になるとは思っておらず、生徒は柱の概念が十分につかめていないことをあらためて感じた。
 こうした10ページ以上の長文を読むときこそ、有効な概念であると思われるので、早期の段階でより徹底した取り立て指導が必要であるように思う。