PISA調査と読み研

 2005年10月29日~30日に岐阜大学で全国大学国語教育学会が開催された。そのラウンド・テーブルの一つで、OECD(経済協力開発機構)のPISA(学習到達度調査)の結果についての検討が行われた。PISAは、2000年、2003年にOECD加盟国の15歳を対象に行われた調査である。読解力、数学力、科学力などが調査された。そのラウンドテーブルの中で、国立教育政策研究所の有元秀文氏が読解力の結果にかかわって注目すべき発表を行った。有元氏は日本でのPISA実施に中心的にかかわった方である。その有元氏の発表を聞きながら、今後読み研の研究活動が一層重要になってくることを強く感じた。
 有元氏は日本の子どもはOECD平均と比べて「自由記述の無答率」が高いことを指摘する。その中でも特に「熟考・評価」分野問題の無答率が高いことを強調する。「熟考・評価」分野の問題とは、たとえば次のような問題のいくつかの設問である。
 町中の「落書き」をめぐってヘルガとソフィアという二人の少女が書いた賛否の手紙がまず提示されている。ヘルガは「落書きに頭にきている」。「社会に余分な損失をさせないで、自分を表現する方法を探すべき」と述べる。また「建物やフェンス、公園のベンチは、それ自体が芸術作品」であり、それらを「落書きで台なしにするのは悲しいこと」と訴える。そして落書きをする人たちを「犯罪的な芸術家」と批判する。一方ソフィアは落書きを許容する立場である。「お店の看板を立てた人は、あなたに許可を求めてはい」ないと指摘する。それらと同じように落書きも「一種のコミュニケーション」であり、「しま模様やチェックの柄の洋服の模様や色は、花模様が描かれたコンクリートの壁を真似したもの」と主張する。そして「そうした模様や色は受け入れられ、高く評価されているのに、それと同じスタイルの落書きが不愉快とみなされているなんて、笑ってしま」うと述べる。
 そして、たとえば「あなたは、この2通の手紙のどちらに賛成しますか。片方あるいは両方の手紙の内容にふれながら、自分なりの言葉を使ってあなたの答えを説明してください。」という設問がある。さらに「どちらの手紙に賛成するかは別として、あなたの意見では、どちらの手紙がよい手紙だと思いますか。片方あるいは両方の手紙の書き方にふれながら、あなたの答えを説明してください。」という設問もある。これらが「熟考・評価」にかかわる設問である。
 これらの設問について特に無答率が高いことを有元氏は指摘する。そして、これらを含め「読んだことを根拠にして自分の意見や解釈が表現できない」ために自由記述問題の無答率が他の国の子どもに比べて高いと分析する。
 そして、最終的に有元氏は「国際的な読解力を育てるための六つの改革」案を提示する。

(1)教科書教材だけを精読する授業から、本・雑誌・インターネット・新聞など多様な文字資料を収集して活用する学習に転換する。
(2)教師が主導する一斉授業から子どもが主導する協同学習に転換する。
(3)教師と子どもの一問一答型の授業から、子ども同士が討論して課題を解決する学習へ転換する。
(4)登場人物の心情や内容を主観的に憶測する読解の授業から、書かれていることを根拠にして「なぜそう書いたのか」を討論を通して推論し解釈する学習に転換する。
(5)教材を無批判に受け入れて感動させる授業から、具体的な根拠を挙げて、文章が効果的かどうか評価したり批判したりする学習に転換する。
(6)体験や感想だけをもとにして表現される授業から、正確に読み取ったことを根拠にして、表現させる授業に転換する。

 この六つのいずれもが、実は今まで読み研が追究してきたことである。そして、そのいずれについても一定の成果を上げてきたことである。
 (4)の「書かれていることを根拠にして『なぜそう書いたのか』を討論を通して推論し解釈する学習」は、読み研では当然のことであった。(5)の「具体的な根拠を挙げて、文章が効果的かどうかを評価したり、批判したりする学習」は、説明的文章および文学作品の「吟味よみ」として追究され成果を上げつつあるものである。
 (2)の「子供が主導する協同学習」そして(3)の「子ども同士が討論して課題を解決する学習」は、これまで「学習集団」の指導として読み研が追究してきた。そして、2005年の冬の研究会、そして2006年8月の夏の大会でさらに追究を強めようとしている。
 (1)の「多様な文字資料」という点では「メディア・リテラシー」指導の追究という形ですでに夏の大会や『国語授業の改革』誌上では何度も取り上げてきた。(6)の「読み取ったことを根拠にして、表現させる授業」も、「読むこと」指導と「書くこと」指導の必然的結びつきという観点から、様々な問題提起が夏の大会や紀要で展開されている。
 つまり、有元氏の改革案は、これまで読み研が長く追究し続けてきたことと、かなりの程度一致するのである。もちろん、おそらくは有元氏の言う「推論」「解釈」(4)や「評価」「批判」(5)と読み研のそれらとは、内実にズレがある可能性はある。「協同学習」(2)、「子ども同士が討論」(3)なども、そのめざすところはぴったり一致しないかもしれない。(さらには、OECDのPISAそのものを無批判に絶対視することも危険であろう。)
 しかし、そうであっても、有元氏の改革案のかなりの部分については、読み研が既に先取りし研究を深めてきたことと重なる部分が少なくないことは事実であろう。実は、阿部が責任者を務めるお茶の水女子大学のCOEプログラムの国語学力調査でも、PISAとかなり重複する結果が出ている。(それについては別の機会に詳しく紹介する予定である。)
 有元氏の提案を聞いていて、私は今こそ読み研の出番であるなと、強く感じた。その意味でこれからの読み研の研究活動は、読み研の中ばかりを見ているのではなく、日本国内の国語科教育のあり方、さらには国際的な言語教育の動向にも目を向けつつ、研究の質・実践の質を一層グレードアップしていく必要があると思うのである。

プロフィール

「読み」の授業研究会
「読み」の授業研究会(読み研)
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