PISA「読解力」およびCOE「読解力」と読み研

読み研通信89号(2007.10)

一 PISA「読解力」・COE「読解力」に共通する日本の弱点

 二○○三年にOECD(経済協力開発機構)が実施したPISA(生徒の学習到達度調査)の結果が、二○○四年に公表された。それによると、日本の子どもたちの学力は「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」などについては上位の国とは統計上の差はなかったものの、「読解力」についてはOECD平均程度にまで低下していたことが明らかになった。
 ただし、合計点ではそれほど悪くなかった二○○○年のPISA「読解力」でも、実は特に日本の結果が悪い設問がいくつかあった。また、その時すでに他の国に比べて日本の無答率(白紙解答の率)は高かった。二○○○年の時から、二○○三年の結果を先取りするような問題性が日本の結果には含まれていたと言える。
 ほぼ同時期の二○○三年からお茶の水女子大学大学院COEプログラムで国語学力調査が行われた。これまでの調査と違ってかなり新しいタイプの問題・設問を含んでいる。PISAの「読解力」問題と重なる部分もある。そこでもPISAと似た傾向の結果が出た。(そのCOEの国語学力調査の責任者を阿部が担当した。)
 二回のPISAとCOEの結果に共通する日本の子どもの「読解力」に関する弱点を整理すると、ほぼ次の三つに整理される。

(1)メタ的読解力の弱さ
(2)推理力・推論力の弱さ
(3)自ら考え・自ら判断する力の弱さ

 より具体的なデータが公表されている二○○○年のPISA「読解力」の設問とほぼすべてデータが公表されている二○○三年のCOEの国語の設問を紹介しながら、三つの弱点について考えていく。
 (1)については、PISAに次のような例がある。日本が平均を大きく下回った設問の一つが、「警察の科学的な武器」としての「DNA鑑定」に関する文章を使った問題の中にある。この文章は、殺人事件の現場に残された髪の毛が容疑者のものかどうかを確かめるために、DNA鑑定が効果的であることを説明している。その問3では「この文章で筆者の最大の目的は何ですか。次のうちから一つ選んでください。」と問うている。「A 警告すること/B 楽しませること/C 情報を伝えること/D 納得させること」という選択肢がある。
 問3のOECDの平均正答率は八○・五%であったが、日本の正答率は五○・四%に止まった。この問3は、「C 情報を伝えること」を目的とした説明文である。「D 納得させること」を目的とした論説文ではない。日本の子どもは「D」を選択して誤答となったケースが多いと予測される。
 私は説明的文章が「説明文」と「論説文」の二つのジャンルに分かれることを、小学校段階から指導すべきことを提唱してきた。「説明文」は明らかになっていることがらをそれをまだ知らない人に説明する文章であり、「論説文」は人により見解が分かれることがらについて自分の主張を述べる文章である。前者は情報を与える目的、後者は説得する目的がある。読み手はその違いを意識しながら読み方を変える必要がある。
 そのようなジャンルに関する指導がこれまでの日本の国語の授業で行われてこなかった結果が、こういった形で顕在化したと予測される。が、同時にそれは文章をメタ的に見る力を育ててこなかったということでもある。
 お茶大のCOE国語学力検査の結果でも、文章をメタ的に把握することが必要な設問に弱さがあることが明らかとなった。COEの小六の説明的文章問題では「『男の仕事』『女の仕事』はあるのか」というテーマに関するAさんとBさんの文章を提示している。「『男の仕事』『女の仕事』というものは確かにある」という立場のAさんと「『男の仕事』『女の仕事』というものは現代ではほとんどないと考えた方がいい」という立場のBさんとの論争の形になっている。その問四は「Aさんの文章とBさんの文章に共通する特徴を述べたものとして、間違っているものを次の1~4の中から一つ選び、番号で答えなさい。」というものである。「1 自分とは逆の考えも認め賛成しながら書いている/2 文章のはじめで自分の考えをはっきり書いている。/3 自分の考えの理由となる例をいくつか取り上げている。/4 自分の考えに反するような例もいくつか取り上げている。」の四つの選択肢がある。正答は、「1」だが、正答率は三六・七%と特に悪かった。
 これは、文章の書かれ方の特徴をメタ的に把握することを求めるものである。二つの文章は、ともに第一文で自分の主張=考えを示している。また例も「大工さん」「運転手」等様々に示している。二つの文章ともに「考えに反するような例」も示している。「1」が違うということを見いだすことは、そう難しくないはずだが、三分の二程度の子どもたちができなかった。どのように書かれているかをメタ的に把握する力が育っていないのである。
 (2)については、PISAの中に次のような例がある。「贈り物」という短編小説を読ませた上で、「この物語では、この女性がヒョウに食べ物を与えた理由を暗示しています。それは何ですか。」と問う記述式の設問がある。ここでは、ヒョウに対する主人公の共感、哀れみを答えればいいのだが、日本の子どもたちは三三・○%の正答率であった。OECD平均は、四一・六である。書かれていることを根拠にして、直接には書かれていないことを推理して答えることが苦手なのである。小説本文の中の「ヒョウも飢えてるのね」「それからヒョウのことを考えるわ。」等の主人公の言葉に着目できれば、そう難しい設問ではない。
 同じくPISAの説明的文章問題の「落書き」に関する問題でも、OECD平均を日本が下回る設問があった。その問2は「ソフィアが広告を引き合いに出している理由は何ですか。」というものだが、この正答率は日本が四二・二%、OECD平均が五三・四%である。
 これも、理由そのものは本文中にない。しかし、文章の流れを把握して、広告を引き合いに出して落書きを擁護しようとしている旨のことが答えられればよいだけの設問である。「看板を立てた一つは、あなたに許可を求めましたか。求めていません。それでは、落書きをする人は許可を求めなければいけませんか。」等に着目できれば、十分答えられるはずである。
 右記の二つの設問の結果は、やはりお茶大のCOE国語学力検査の結果と一致する。書かれていることを根拠に、推理することを求める設問の出来が特によくない。
 (3)については、COE国語学力検査から該当するものを紹介する。(1)で紹介した小六の説明的文章問題「『男の仕事』『女の仕事』はあるのか」の中に、「この二つの文章のうち、あなた自身が賛成するのはどちらの文章ですか。/まず、賛成する文章(Aさんの文章か、Bさんの文章か)を書きなさい。/その上で、なぜあなたがその意見に賛成したか、説明しなさい。説明する時に、AさんやBさんの文章に書かれていない例も考えて、付け加えてください。」という設問がある。正答率は三八・七%である。その誤答・準正答を分析していくと特に「AさんやBさんの文章に書かれていない例」を「付け加え」ることができていない場合が多かった。どちらに賛成であるかを表明し、理由を書くまではなんとかできているものの、問題文からの引用がせいいっぱいで自分のオリジナルの理由を考え出すことができていないのである。自ら考え・自ら判断する力の弱さである。

二 PISA「読解力」・COE「読解力」と読み研の指導方法

 これらの結果は、これまでの日本の国語の授業で(1)~(3)の三つの要素が十分に指導されてこなかったことを示している。今後は、こういった要素を重視した国語の授業が求められる。
 しかし、実は読み研では、これら三つの要素を重視すべきことを、以前から提唱してきている。読み研では、物語・小説については「構造よみ」「形象よみ」「主題よみ」「吟味よみ」等の指導方法を提案してきた。説明的文章については「構造よみ」「論理よみ」「要約よみ」「吟味よみ」等の指導方法を提案してきた。それらの中に、右で見てきた日本の子どもたちの三つの弱点を克服する要素がかなり濃厚に含まれている。
 「構造よみ」では、文章・作品の構成・構造を俯瞰的に読んでいく。物語・小説では、「導入」「展開」「山場」等の構成を把握し、それぞれの役割を検討していく。また、「クライマックス」という切り口で作品の構造を俯瞰する。「クライマックス」に向かって様々な形象が伏線として仕掛けられていることを立体的に読み取っていく。説明的文章では、「序論」「本論」「結び」等の構成を確認し、やはりそれぞれの役割を検討する。また、本文相互の関係性も俯瞰する。これらは、「メタ的読解力」を育てることにつながる
 物語・小説の「形象よみ」では、作品の筋(事件展開)や人物の変容を読んでいく。
当然それ以前の事件と今展開されつつある事件との関係を把握することになるし、それ以前の人物形象とそこで見えてきている人物形象との比較が行われることになる。また、情景描写等の象徴的表現と筋の展開との関係性、比喩表現・繰り返し・倒置等の様々なレトリックを読む。語りの構造、視点の技法等にも着目する。説明的文章の「論理よみ」では、段落相互・文相互の論理関係を読んでいく。その過程で、原因→結果、具体例→抽象化、前提→帰結、等の関係を把握する。
 これらは、作品の書かれ方を意識することであり「メタ的読解力」を育てることにつながる。複数の形象・ことがらを関連づけながら読み進むという点では、「推理力・推論力」を育てることにもなる。
 物語・小説の「吟味よみ」では、作品で特に共感できたこと、逆に共感できなかったことを検討し論議していく。説明的文章の「吟味よみ」では、文章の優れた工夫、逆にわかりにくさ・不十分な点を検討し論議していく。これらの過程で「自ら考え・自ら判断する力」が育つ。

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 PISA「読解力」およびCOE「読解力」には、これまでの日本の国語の授業に欠落していた学力・読解力を顕在化させたという積極的な側面がある。ともにこれからの時代を見通した言語に関する先進的な学力観が含まれていると言える。そして、それに読み研はこたえられるだけの提案をしてきた。
 しかし、だからと言って、PISA「読解力」やCOE「読解力」を絶対化することは危険である。ともに、もともと学習到達度調査=テスト形式という限界をもっている。それによって測定できない国語力・読解力があることも認識しておく必要がある。また、いずれも問題・設問として不十分な点を含んでいると言える。たとえば作品・文章の「吟味」という点では、まだまだ不徹底なところが多い。また、作品・文章の構成・構造そのものを直接俯瞰させる設問もない。それらのことについては、次の機会に詳しく検討したい。