学年全員による呼びかけ(ビデオ沖縄戦「未来への証言」を見て)の指導(後編)
小倉泰子(東京都葛飾区立一之台中学校)
2.エイサーへの学年の取り組み
昨年の文化祭では、エイサーあしびなーに取り組んだ。今年は動きがやや難しいミルクムナリに取り組むことにした。昨年エイサーに取り組んだのは、子どもたちに、差別や戦争について考えさせるために、沖縄をテーマに三年間取り組みたいということがあったからだった。
文化祭の学年の舞台発表については、M子先生を担当とすることを学年会で決定し、M子先生は、7月初旬に、ミルクムナリに取り組むことを学年会に提案し、夏休み中からエイサー委員には指導し、学年全員に対しては葛飾で昨年度より実施された、8月中の2学期の2日間から、指導を開始した。
9月13日(火)~16日(金)あだたら移動教室だったが、その3日目の夜エイサー選手権として、それまで取り組んできたミルクムナリをあだたらの班(男女別各クラス計6つの班)で競い合うこととした。8月31日は3・4校時2時間を使ってプレエイサー選手権をやっていた。
あだたらでは大変盛り上がり、審査員の教師5人の判定に学年全員が沸いた。
3.PP(パワーポイント)とナレーション
9月下旬、M子先生から、PPとナレーション指導を担当してほしいと相談を受けたので、引き受け、以下のような提案をし、学年会で合意を得た。
文化祭2学年舞台発表PPナレーション案
1.ねらい
①沖縄の学習を深める。
②自分たちがミルクムナリに取り組んできたことの意味を振り返る。
2.内容
①プロローグ沖縄の映像②沖縄戦をめぐって
昨年の平和・人権コースの沖縄グループの作った「りゅう子の白い旗」の画像
人と人をつなぐもの・人と人を断ち切るもの
③ミルクムナリの歌詞から学んだこと
人と人とが力を合わせて生きている。余ったお米でお酒を作りみんなで楽しむ。
④みんなで
あだたらの目標 All for one one for all
室内オリンピックあだたらの写真
あだたら登山
エイサー選手権
⑤ミルクムナリの練習体育館の写真
⑥エピローグ沖縄の映像
4.全員の呼びかけへの取り組み
学年会で合意は得たものの、肝心な②の部分をどのように子どもたちに学習させていくのか手だてがないまま、生活指導に明け暮れて、10月も半ばを過ぎ、10月23日(日)仕事をしに学校へ行った。社会科のY子先生がバスケ部の練習試合に来ていて、「あなた、沖縄どうするの?」と言う。「もう困っているけど…」と言うと、「ビデオ(沖縄から世界への平和メッセージ記録映画沖縄戦「未来への証言」)見せる?」と言ってくれた。それは、昨年、平和・人権コースの沖縄グループに彼女が見せて、レクチャーしたものだった。それに飛びつき、学活の時間と学年総合の時間で担任の手も借りて見せることにし、B5版のワークシートも作った。彼女には「ビデオもちゃんと見てないのによく作れるわね。」とあきれられたが。
ワークシートはB5版。内容は、このビデオの概略の紹介と、子どもは、
1.この映画を観て沖縄について、分かったことを書きなさい。いくつでもいいです。
2.印象に残ったことを書きなさい。
3.東京では、東京大空襲がありました。広島・長崎には、原爆が投下されました。そして、沖縄では、こうした悲惨な地上戦がありました。そういう日本で私たちは生きています。残念ながら、この地球上にはまだまだ戦争があります。あなたが世界に伝えたいメッセージを書きなさい。
という3点について書くように指示されている。
時間割の都合で、24日(月)25日(火)と3クラスに見せた。最初に見せたA組のワークシートが良い内容だった。ほとんど学校に来ていないT子がきちんと書いていたことや、米軍の兵力のことや、私がうっかり流してしまっていたことも子どもたちは書いていた。
また、その前の週の木曜に卒業生の保護者のAさんと飲んだとき、「1・3年は劇やソーランもやって合唱もやるのにどうして2年はエイサーだけなの?」と言われていたし、校長から、うちの学年の保護者のSさんがやはり同じようなことを言っていると言われていたことも頭をかすめ、この2年の子どもたちが「自分たちは冴えない学年だな…」と感じさせるのはかわいそうだと思えてきたので、全員による呼びかけをすることにした。一人一言以上。ひな壇に乗せ、PPでそれぞれの言葉を字幕スーパーのように流す。問題は、①呼びかけを仕上げられる時間があるか?②PPを作る時間があるか?つまり時間との戦いだった。それと③子どもたちの中にやり切ろうという構えがあるかという問題もあった。学年主任と生活指導主任は今年来たばかりなので「この子たちにそんなことができるんですか?」と言う。
5.呼びかけの指導
ともかく、学年集会を開き、私が「みんなのワークシートの内容が良かった。文化祭に来てくれた人たちにみんなのメッセージとして、みんなの声で、つまり、自分の書いたことを自分の声で伝えてほしい」と全員呼びかけをすることを宣言した。子どもたちは緊張して、黙って私の話を聞いていた。正直なところ、どう思っているのかは確実には分からない反応だった。ただ他の先生たちは、背筋を伸ばしてよく話を聞いていたと言っていた。
ちょっと心配だったので、Y子に「どう思う?」と聞いてみた。「私の知ってる子はみんなやりたがっています。」という返事が返ってきた。文化祭は11月3日。それまでには、何時間この指導が出来るのかというところだったが、授業を振り替えたりして練習した。基本的には、練習の進行も指導も私だが、必ず、練習の途中・終わりには、他の先生からも評価してもらうようにした。
まずは、
①体育館に聞こえるだけの大きな声を出すこと。
言葉を明確に発すること。
を指示した。それを多くの子どもが出来るようになったら、
②正しい日本語の言い方ではないが語尾を強く言うこと。
③自分の前の人の言葉が終わるか終わらないうちに自分の言葉を発すること。
④自分の伝えたい内容が伝わるように言うこと。自分の言葉で人の心を動かすのだというつもりで言うこと。「水を下さい」と言ったら、それを聞いた人がコップを持っていて水道で水をくんできてくれるというような言葉を出せ。
と次々に課題を示した。
①については、全員で一通り、言っていくときに、「○×と私が評価していくことにする」と説明する。○×と何も評価しない(つまり普通)の3段階で評価するつもりだったのだが、かなり良い子もいるので、◎まで、作ることになり、4段階になった。×は、10人くらいだった。
「誰かが小さい声になってしまうと、次の人がそれを元に戻すのは、かなり勇気が要るんだよね。エネルギーも要る。だから、どこかで誰かが頑張らなくていいように、一人一人ができるだけ大きな声で頑張ってみるようにしよう。今度は、5・4・3・2・1で評価するよ。1になっちゃったら、放課後、特訓受けてもらおうかな?」
と説明してやらせると、ほとんどの子どもは、4になる。まれに、3・2が出ると、もう周りに大いに受けて、楽しんでしまう。
練習場所は、最初のうちは、学年の廊下だった。窓に向かって、各クラス、男子2列女子2列で並ぶ。私は、3クラスの真中のクラスの男女の間に立って、指示し評価する。「○と言われた子は座ってよい。」と指示し、×の子だけ、5人が立っているということもあった。実は、そういう時は、そういう指示の中、立っていても、いじけず、いい反応、例えば、「今度からは一生懸命やります!」と言えるような子どもを、二人以上入れておく。そうでないと、学年に、嫌な空気が広がってしまうので。②③の段階になってきたら、上手い子を評価する。それは、練習を流しているときにも、「○君、語尾が上がってすごくよかった!」とか「●さん、前の人に重ねているのに、言葉がはっきり聞こえていたね。こういうふうに言うんだよ。」といったように評価したり、一通り終わって、良かったものについて取り立てて、評価することもした。
舞台前のひな段で練習できるようになったら、子どもを、客席で聞く子と呼びかけをする子に分けて、お互いを評価させるようにした。後で、聞いている子に、言葉で評価させることももちろんしたが、もっと簡便に、いいと思う呼びかけでは手を挙げさせたり、ほとんどがうまくなってくると、聞いている子たちをまず座らせておいて、良くないと思う呼びかけでは立たせて、文化祭当日はお稽古事の発表会で参加できない女子二人にメモさせておき、後で、立った子にその理由を説明させたりもした。また、何人か、思い切り声を出すと、体育館の床がふるえることがあり、それも評価し、「みんな一人一人の体が、楽器みたいになっているんだね。こんな風に声を出そう、そういう気持ちでやってみよう。」などと言ったこともあった。
中に、何人か、本当に声もよく通り、また呼びかけとしても上手い子がいる。そういう子には、そっと呼んで、その上手いことを説明し、自分の前の子たちが上手く出来なくなっても、あなたで持ち直すのだと言って置いた。また、男子でとにかく声だけは大きくて応援団みたいな子も何人かいる。そういう子には、頼りにしているからと言うと、「僕の取り得は声だけですから、期待してください。頑張ります。」などとうれしいことを言ってくれた。実はこの頃すでにほとんど学校に来れなくなっていた男子がいたが、保護者の方にも相談しながら、他の子の書いた呼びかけを言わせることにした。彼は他の子と遜色なく、立派にやった。
もう一つの課題のPPは、24日の週から突貫工事だった。ほとんど毎日作業させ、27日(木)は夜9時半まで子ども(△と▲)を残してやらせた。JALの沖縄の映像が一番きれいだったのがしゃくだったがいっぱい使った。PPがほぼ出来ると、ナレーションと合わせることも始めた。
リハーサル前日、最後の学年集会では、学年の教師は次のように話したが、それを含め、文化祭前日の学年便りに以下のように載せた。
T子先生からは、最初のエイサーの練習から、こんな風に仕上がるとは予想できなかった。それくらい良くできている。N男先生からは、沖縄について、みんなの発表を見て、学んだことがいくつもあった。とても良い発表だ。しかし、待機している時などもみなさん見ている。そこまで頑張ろう。K男先生からは、君たちの力は素晴らしい・人を感動させるものを持っていると感じている。その一生懸命さは、上手い下手を超えて人に伝わる。本番を期待している。小倉からは、この練習の最初、「先生は僕たちが嫌いだから怒るんでしょう」と言っていた人がいたが、たくさん叱られて、今もそう思っているだろうか?今の所、みんなの力を100%くらいは引き出せたかと思う。でも、こんないい子たちなんだから、もっと良いところを当日は、多くの方に見てもらいたい。M子先生からは、見ている人に感動で泣いていただく、そういうつもりで演じてほしい。と話しました。
その午後のリハーサル、リハーサルとしては、満点でした。
ここまで、本当によく練習に取り組んできました。
練習の度に体育館に、カセットテープデッキを運び持ち帰ってくれたのは、C組F君。ひな壇の設定・撤去は、B組男子(授業が長引いて遅れた時には、A・B組女子が替わってやってくれた時もあり、)その隣の階段はC組男子一部がいつもやってくれました。
パワーポイントは、C組△君・▲君が、遅いときは、再登校して、9時半までかかって作ってくれました。あだたらの写真満載のパワーポイントです。ナレーションのA組◇君C組◆さんも何回も再登校して練習しています。
オープニング(女子・○さん・○さん・○さん・○さん)とエンディング(男子・●君・●君・●君・●君・●君・●君)は毎日遅くまで残って、振り付けを考え、男子は5日間くらい朝早く7時20分頃来て練習してきました。
また、B組▲さん・C組△さんは、当日は、習い事の大会で参加できないのですが、練習の時の暗幕の開け閉めやCDを職員室に取りにいくことや、呼びかけの評価の記録や、目立たない地道な仕事をよくやってくれました。
他にも人の目には触れない心配りやいろいろな力で作品が出来てきたと言えます。 さらに、3年生の音響・照明の人たちも短時間でやり方を覚え、よくやってくれています。こうして、みんなの力・支えがあって出来ることです。
明日は、みんな一人一人が、自分の体(精神も含めて)全てを使って、伝えたいことを会場のみなさんに伝えるよう、より良く、深く伝わるよう、練習して来たこと・出来ることは全てやりきりましょう。保護者の方是非ご覧下さい。
6.文化祭本番で
子どもたちは、午後一の自分たちの出番に向けて、そうとうに緊張していたようだった。
①オープニングバタフライエイサー委員の女子4人
②あしびなー
③ミルクムナリ?
④PPとナレーションと呼びかけ「2学年から世界へのメッセージ」
⑤ミルクムナリ?
⑥エンディングバタフライエイサー委員男子6人
を演じた。最後に全員がひな壇から「ありがとうございました」と叫ぶと、客席からは、万雷の拍手が返ってきた。
保護者Aさんは、すれ違った私に「すごく良かった。3年生になってやっても良かったほどの内容だった。」と言ってくれた。2学年の保護者のUさんは「私も2番目の子どもになってやっと自分の子どもだけでなく、他のお子さんたちのことも全体的な動きのことも分かってきたのですが、自分の出番だけでなく、次の場面に移るときなど、先生方の指導に苦労されていることが分かってきました。先生方のおかげで、2年の子たちも本当に立派になってきたと思っています。」と手を握らんばかりに言ってくれた。
6.この1日のたった四十分のために夏休みから取り組んできた
最初から最後まで全員でつくった文化祭だった
(学年委員長F男の文化祭を終えての作文から)
今年も夏休みからエイサー委員の特訓は始まった。去年とは全く違う、レベルも高い、今年の課題「ミルクムナリ」をビデオで見た時はすごく不安だった。
今年は講師の先生をお招きしての練習となった。講師の中村礼子先生は難しい所も言葉にして僕たちに教えてくれた。
「ミルクムナリ」は夏休みが明けてすぐみんなに伝えられた。印象に残っているのは最後に礼子先生が「中学生は素晴らしい」と言われたことだ。嬉しかったような荷が重くなったような……。
その後はリーダーが中心になってやっていった。みんなが上達するにつれ、リーダーが増えていくことを感じた。あだたら移動教室ではそれがすごく出ていた。エイサー選手権で優勝した班にエイサー委員はいなかった。他の班もそのグループのリーダーの踊りが乗り移ったようだった。あだたらではみんなやる気でとても良いものになった。
その後、文化祭期間に入り、エイサー以外にも、PP・バタフライなどが取り入れられ、本番らしくなるにつれ、エイサーも完成度が上がっていった。僕は、最初の呼びかけの練習でプリントが配られたばかりの時、一度読んだことのあるC組が、A組とB組を引っ張って行ってくれたことを覚えている。お互い助け合いながら当日を迎えた。
当日、僕は成功だったと思う。最後に文化祭委員長のS先生は、自分が沖縄のことに関心を持って読んでいる本の内容くらい深いことがメッセージに込められていて感動したと言ってくれた。最初から最後まで全員でつくった文化祭だった。
僕たちは、この1日のたった四十分のために夏休みから取り組んできた。その結果が成功だと感じた。この努力はまた来年、今年の三年生に負けないような合唱で発揮したい。
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