授業に挑む ─「自己PR」を書く─

読み研通信83号(2006.4)

 実践というものは、ちょっとしたキッカケから、糸を紡ぐように広がりを見せることがある。
 学習院女子大で「論理的文章を書く」という講座を担当していたとき、「エントリーシートを見ていただけませんか」と言われて、「就職については全くの素人だが、自主的に運営するなら見るぐらいはお付き合いしましょう」と答えたのがキッカケで「エントリーシートを書く自主ゼミ」が在任中の四年間続いた。集まった学生が優秀だったらしく、いわゆる「いい会社」に就職が決まった。学内の就職セミナーに招聘される学生が出たり、就職担当者が「自主ゼミ」を見学に来たりした。就職内定者が出ると、「先輩に聞く」会を喫茶店で開いた。実戦に役立つ楽しい会だった。 
 エントリーシートで、学生が四苦八苦したのが「自己PR」である。自己PRの土台となる自己分析が的確にできていなかったからである。自己PRは就職のみならず、東京の中学生などは高校受験の際に文章化することになっている。
 今回は、「自主ゼミ」で実際に行った添削をもとに、「自己PRの書き方」を報告する。

自己PRの書き方

 近代以降、文章の書き方については作家をはじめとして様々な人たちが様々に語り、さまざまな本が出版されている。しかし、つまるところ、文章力の原点は次の二つしかないと考えるようになった。一つは対象を的確にとらえて具体的に書く描写力であり、もう一つは筋の通った論理性である。その他の心得は、上手な文章や効果的な文章を書くための工夫にすぎない。
 例えば、自己PRを書くとき、

a書き出しの一発――短いキャッチコピー
b一例を具体的に入れよ
cマイナスをメリットに切り返せ
d自己PRには「哲学」が必要だ
e「作り物」はほころびる
f一文は短く、焦点化する
gまとめは「殺し文句」で締め括れ

などの心得は、私が自分流でひねり出した工夫である。

◇例1 (東京海上火災・小田)
 私のPR点は「気付いてあげること」ができることです。
 私は男子ラクロス部のマネージャーをやっています。毎朝5時半に起き、7時にグランドに着き、どんなに疲れていても<笑顔で挨拶して入っていくことを3年間<毎朝続けてきました。マネージャーは①気付き気遣えてなんぼだと私は思っています。毎日、各プレーヤーのプレーの状態や体調などにいかに気付いて<私達のできることをしてあげられるか、例えそれが声をかけることしかできないことでも、気付くことが大事だと思って練習に臨んでいます。また、これだけ部員がいても、②試合に出て練習をしているプレーヤー達の目に見える怪我には気付いても、その後戦線から離脱してしまったプレーヤーの精神面のつらさに気付けない人が多いので、私はこの3年間常に何かに気付こうという精神でやってきました。何かある人はどこかで必ずSOSのサインを出しています。私はそのサインに③人より早く気付くことができるので<私がベンチにいるときは<安心して試合に臨めるとプレーヤーに言われます。日常生活でも<やるべきことを1としたときに、気付き気遣うことで1・1でも1・2でも、プラスになるように心がけています。
 社会人になっても<④気付いて気遣うことの重要さは同じだと思います。3年間続けてきた笑顔、そして<気付くことをこれからも心がけていくつもりです。

◇添削の視点
 心構えでなく、実際例で語ること。「気付いて気遣う」は、キャッチコピーとして悪くはないが、「笑顔」、「3年間の継続力」との関係はどうか?全体として繰り返しが多く、くどい感じがする。一文を短く、全体を簡潔に、実際例でPRする。
・<印に「、」を入れよ。
①読めませんでした。
②試合は「練習」?
③なぜ?
④「気付いて気遣う」は使える。おもしろい!が、多すぎないか?

◆添削例
 「一点に集中して道を拓く継続力」が私の取り柄です。
 私は男子ラクロス部のマネージャーです。この3年間、毎朝5時半に起き、7時半にはグランドに立っています。家族は「選手でもないのに何のためにそんな無理を続けているの?」と言います。しかし、私の肩には80名の部員のコンディショニング面を支える責任がかかっています。激しいゲームを乗り越えていくプレーヤーは、激しい練習に耐え、自分の弱点と苦闘しながら成長していきます。その成長を支えるところに私自身の成長もあると考えているのです。(d項「哲学」の必要性)
 部員のコンディションを整えるためには、栄養のバランスや効果的な摂取法、簡単な救急治療の知識が必要です。マネージャーとして最善を尽くすという一点への集中から、栄養や医療への関心が広がることを体験しました。それは「継続力」なしに生まれるものではありません。(筋の通った論理性・b項の具体性)
 社会に出たとき、私は「他に自分を生かす道なし」と信じて仕事をしていく覚悟です。(g項 まとめは「殺し文句」で締め括れ)

 大幅な添削になった。原文をもとに小田さんと話し合いながら自己分析を行い、「笑顔」や「気付いて気遣う」を削り、「継続力」こそ自分のPR点だと確認しながらできあがった添削例である。

◇例2 志望動機の中の自己PR
 (日本航空客室乗務員・山口)
 私は自分の言葉や行動で相手の笑顔を引き出し、それを「喜び」とする仕事がしたいと思いました。①なぜなら、私は7カ国を訪ねた経験から、国や年齢を超えた様々な人達との出会いを通して、私の最大の喜びは相手の「笑顔」を見る瞬間にあると感じたからです。安全に、そして定時に飛行機が着くために、お客様にくつろげる空間を提供し、お客様の「笑顔」を引き出す客室乗務員になりたいと思いました。
 御社を志望した理由は、日本で一番歴史のある、日本最大の航空会社という強みを最大限発揮し、日本人特有のきめ細かいサービスを展開し、国籍を超えて絶大なる支持を得ていると感じたからです。赤ちゃんからお年寄り、体の不自由な方、外国人を含む幅広いお客様が電車や自動車と同じように利用される時代です。だからこそ、今後の航空業界だけでなく、社会に求められている「人間味・温かさ」がある御社の一員となって、「世界一のサービス」と評される航空会社を創りたいと思いました。またJASとの統合により、今まで築き上げてきた「伝統」と「信頼」を土台に、期待を具現化して「新しい翼」を創る一員になりたいと考えたからです。
 ②「もしも何かあったら」と思うお客様もいると思いますが、私の笑顔を見て、安心して頂けるようなプロ意識を持った客室乗務員を目指し、JALファンを増やしていきたいと思います。

◇添削の視点
 よく書けている。が、一般的で、迎合的な感あり。実感に合わぬものは退けよ。作り物はほころびる。あれもこれも書くと印象が拡散する。焦点化が必要。生真面目さがかえって煩わしい。「書き出しの一発」が長すぎる。インパクトも弱い。
 ①は、7カ国訪問と笑顔の論理関係が不明確。②は、危機には笑顔で対応するというが、説得力弱し。

◆添削例
 「花のスチュワーデス」と言われた時代は終わりました。(a項書き出しの一発)
 航空機に対するテロや事故の脅威を乗り越えて、グローバル化の進行に伴うスピードが要求される時代です。業界の過当競争もしのぎを削るものとなるでしょう。JASとの統合は、今まで築き上げてきた「伝統」と「信頼」を土台にして、「新しい翼」を広げる展望を開きました。今や航空機は、赤ちゃんからお年寄り、体の不自由な方、外国人を含む幅広いお客様が、電車や自動車と同じように利用される時代です。
 私は「客室乗務員」として、第一にお客様の安全を守る保安要員として働きたいと思います。(笑顔サービスよりも保安要員をポイントに打ち出す。)そのためには、ハードなスケジュールを乗り越え、周到な準備が必要とされるはずです。その上でお客様の信頼と安心、そしてお客様の「笑顔」を引き出すことを目標とします。私は7カ国をたずねた経験から、私の最大の喜びは国や年齢を超えたさまざまな人達との出会いを通して、相手の「笑顔」を見る瞬間に凝縮されていると感じました。それは、相手に対する努力が実った瞬間でもあったからです。(根拠を述べて、論理の筋を明確にする)
 これが御社を希望する理由です。

 同じエントリーシートの「接客をする上で大切な項」の添削例で、
①「ナイフで脅し、お客様が人質にされた」ときどうするか?私は、人質の身代わりになろうと考えます。本当にできるか、自信はありません。しかし、お客様の「安全を守る」ことが第一の仕事だと肝に銘じておきたいと思います。「花散る覚悟」、ちなみに私は剣道2段です。
②何気ない心遣い。わざとらしい気遣いは他のお客様の苛立ちを強めます。「お客様は安らかに満足しているか」を五感を使って、細心に、そして何気なく観察します。そのとき、私だったら何を望むかを想定して、自然に行動を起こします。薬を取り出したお客様にお水をお持ちする。(b項 一例を具体的に入れよ)その「心遣い」が受け止められたとき、心が響き合うのだと思います。
と述べてはどうか、と提案した。
 これらの添削例は陽の目を見なかった。「私には『出来すぎ』です」と、山口さんは自分の書いたものを直して提出したからである。そう、「作り物はほころびる」ものである。
 彼女は、いまどこの空を飛んでいるだろうか。