『ミミコの独立』(山之口貘)

読み研通信83号(2006.4)

宮城洋之(東京都杉並区立荻窪中学校)

 年度が替わり、初めて対面した生徒たちとの授業をスタートさせている先生方も多いと思う。
 「読み研」の授業と初めて出会う生徒の導入教材として、数年来、私は山之口貘の『ミミコの独立』を用いている。
 まず、以下に全文を紹介する。

 ミミコの独立

①とうちゃんのげたなんか
②はくんじゃないぞ
③ぼくはその場を見て言ったが
④とうちゃんのなんか
⑤はかないよ
⑥とうちゃんのかんこをかりてって
⑦ミミコのかんこ
⑧はくんだ と言うのだ
⑨こんな理屈をこねてみせながら
⑩ミミコは小さなそのあんよで
⑪まな板みたいなげたをひきずって行った
⑫土間では片すみの
⑬かますの上に
⑭赤い鼻緒の
⑮赤いかんこが
⑯かぼちゃと並んで待っていた

 

(『鮪に鰯』より)

 私がこの詩を取り上げる理由は次の三点である。


 
①短い詩でありながら、様々な「よみ」の方法を学ばせることができる。
②一つの詩で様々な表現技法を学ばせることができる。
③表現に着目することで意外性のある読みを引き出すことができる。

 何よりも、この詩の授業を通して生徒たちに文学の面白さを教えることができるというのが大きな理由である。
 10年以上前から、私は卒業直前の中学三年生に卒業論文を書かせている。課題は「中学校三年間で扱った文学作品を一つ選び、作品と作家について論じる」である。『ミミコの独立』はこの「卒業論文」で選ばれる作品のベスト三に入る。 このことからもわかるように、生徒にとっては印象に残る作品であるようだ。

一 構造よみ

この詩の構造を私は次のようにとらえている。

起(①~③)
承(④~⑧)
転(⑨~⑪)
結(⑫~⑯)

 

 論点となるのは「転」である。⑨からを転とする意見だけではなく、それまでの人物の描写から土間という場の描写へと変化する⑫を転とする意見が必ずといって良いほど出てくるからである。
 この意見の対立を通して、作品の構造、特に転の変化が主題に関わるものであることを理解させたい。親子の会話から「ミミコ」の行動に変化することと、人物の描写から場の描写に変化することと、どちらがこの作品を深く読む上でより有効なのかを考えるように助言するわけである。
 私の経験では、生徒が「ミミコの独立」という題名の意味に気づくことで、最終的に⑨からを「転」と決定することになるケースが多い。

二 形象よみ~主題よみ

 詩の場合は「技法よみ」が定石であるが、この詩の場合、私はあえて「形象よみ」として授業を進めることにしている。もちろん、技法にも着目はするが、「時・場・人物・事件設定」の四要素を意識し、読むべき箇所を指摘させながら読む方が「読み」の面白さを教えることができると考えるからである。
 紙幅の関係で、すべてに触れることはできないため、主なものに絞って述べる。

(1)人物の呼称への着目


 例えば①行目の「とうちゃん」は「お父さん」「パパ」といった他の表現と比較することで「素朴」「親しみやすい」といった形象を読み取ることができる。
 ここでは人物の呼称がもつ形象性に気づかせるとともに、「他の表現と比較して違いを読む」という読みの方法を学ばせたい。
 「とうちゃん」で呼称の読みを理解した生徒たちは、③「ぼく」、⑦「ミミコ」という他の呼称を自分たちで読もうとするようになる。さらには、呼称が重要な意味を持つ他の作品(例えば『少年の日の思い出』や『故郷』など)を読むための一つの方法を手にしたことにもなる。

(2)助詞への着目


 ②行目の「ぞ」という強意の終助詞からは「とうちゃんのげた」を履くことを強く禁じる語り手の意志が読める。
 では、なぜ禁じるのか。
 様々な可能性が考えられるが、「大人用のげたでは危険だからではないか」と考えた時に「ミミコ」の年齢が読めてくる。(私の授業では三、四歳位ではないかという意見が優勢であった)
 たった一文字に着目することで、豊かに形象を読むことができる──こうした経験をさせることで、言葉を疎かにしない読みの姿勢を生徒たちに学ばせることができるものと考えている。

(3)音韻効果への着目


 結にあたる⑫~⑯には「a音」が非常に多い。こうした音韻上の特徴に生徒が気づくことはまずないだろう。しかし、詩という文芸の持つ、いわば「音楽的」な側面については是非指摘しておきたい。特にこの詩の場合、音韻の効果は主題に直接つながるものだからである。
「a音」は明るく開かれた響きを持つ。さて、描かれている場面は、「ミミコ」が向っている「土間」である。薄暗く、冷たいイメージをもつこの場所を語る時に、「ミミコ」の父親である語り手は「a音」を過剰に用いるのである。「赤い」のリフレインとも相俟って、ここからは「ミミコ」に対する父親の思いが読めるのではないだろうか。それは我が子を取り巻く世界が温かく明るいものであってほしいという願いである。
 それだけではない。読者の皆さんはこの⑫~⑯の全ての行に「か」という音が含まれていることにお気づきだろうか。
この「か」は何を意味するのか。なぜ「か」でなければならなかったのか。
 ここではあえて謎として残しておくことにしたい。皆さんの「読み」はいかがだろうか。

☆    ☆    ☆

 中学校では今年度から新版教科書を使用している。新しい教材を活用することももちろん大切ではあるが、指導上効果的な教材を自分のレパートリーとしてもっていることも、国語科教師としては大切なことではないかと考えている。(「読み研通信」83号、2006年4月)

プロフィール

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