新学習指導要領国語科に見る人間観・教育観(上)

1.新旧対照表から見えてくるもの

 08年2月15日に新学習指導要領案が発表された。これには学習指導要領の「新旧対照表」が記載されている。加除修正された文言を見ると、重要な変更点や見過ごしがちな記述の違いがあるのに気が付く。
 重要な変更点は二つある。一つは、「改正」された教育基本法と学校教育法に従って教育課程を編成すべし、とした点である。新学習指導要領案の発表に先立って出された中教審教育課程部会の「審議のまとめ」は、学力の重要な要素として、
① 基礎的・基本的な知識・技能の習得
② 知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等
③ 学習意欲
をあげ、これに対して「改正教育基本法及び学校教育法の一部改正によって明確に示された教育の基本理念は、現行学習指導要領が重視している『生きる力』の育成にほかならない」と説明している。しかし、注意深い読み手なら、「教育の基本理念」がいつの間にか学習指導要領の「教育の目標」にすり代わっていることに気づくだろう。学習指導要領は官報に告示され、法的拘束力をもっている。つまり、教育目標を法的に定め、学習指導要領によって具体化された教育内容も新法に基づいて推進すると明言したものである。これは、学力観や教育内容、さらには人間としての生き方や価値観をも国の管理下におこうとすることにほかならない。
 二つ目の大きな変更点は、「道徳」教育が強調され、各教科においても「道徳」教育との関連を重視すべし、とした点である。たとえば、国語科では「指導計画の作成と内容の取り扱い」の項に、「第1章総則の第1の2及び第3章道徳の第1に示す道徳教育の目標に基づき、道徳の時間などとの関連を考慮しながら、第3章道徳の第2に示す内容について、国語科の特質に応じて適切な指導をすること」と、明記されている。
 この発表を受けて、2月16日付けの産経新聞は「新学習指導要領案 改正教育基本法を反映 道徳心の育成重視」という大きな見出しを掲げ、社説の中で、新指導要領は「教育基本法を踏まえ、伝統文化の尊重や言語力育成など、ゆとり教育の中でおろそかにされていた指導を重視している。実際の授業に生かしてもらいたい」と注文をつけた。

2.基礎・基本と活用

 新指導要領の総則に「基礎的・基本的な知識及び技能を確実に習得させ、これを活用して課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力をはぐくむとともに、主体的に学習に取り組む態度を養い、個性を生かす教育の充実に努めなければならない。」(傍線部は筆者)という文言が新たに挿入された。旧指導要領では「自ら考える力の育成を図るとともに基礎的・基本的な内容の確実な定着を図り、個性を生かす教育の充実に努めなければならない。」となっていた。変更点は傍線部である。この修正は、「総則」に位置づけられていることからもわかるように、国語科のみならず各教科にも求められる大きな修正点である。その背景には、OECD(経済協力開発機構)の学習到達度調査(PISA)で明らかになった学力低下問題がある。しかし、『課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力』の育成は、以前から民間教育運動の中で提唱され、実践されてきた命題である。むしろ、文科省自身がこれを避けてきたと言っても過言ではない。
 中教審教育課程部会は「審議のまとめ」の中で、指導要領改訂のキーワードは、「生きる力」、「基礎・基本の習得と活用」であると繰り返し強調し、基礎・基本と活用の関係について、物語を読み(基礎・基本)、演じたりする(活用)という例をあげて説明してきた。国語科では基礎・基本を指導事項とし、その活用を言語活動として、指導要領の中に新たに位置づけた。
 たとえば、小学校1・2年の「書くこと」では、経験した事や想像したことの題材を集め、事柄の順序に沿って簡単な構成を考えて、語や文の続き方に注意しながらつながりのある文章を書く。書いたものを読みあい、感想を述べることが基礎・基本(指導事項)とされている。そして活用(言語活動)は、想像したことや経験したことを、報告や記録・説明した文章に書くというのである。こんなことは大人でも難しい。果たして、小1・2年生に要求すべきことだろうか。できのいい子はクリアーするかもしれないが、そうでない子は確実に落ちこぼれていくに違いない。
 小3・4年の「話すこと」の指導事項は、関心のある事柄について、調べてメモをとり、発表する。聞く側は、質問したり感想を述べ合う。そして「互いの考えの共通点や相違点を考え、司会や提案などの役割を果たしながら、進行に沿って話し合うこと」である。言語活動は、調査の報告・説明を行い、図表や絵や写真などから読みとったことを話し合うことになっているが、これとて簡単なことではない。基礎・基本と活用が一人歩きをして、形式的な反復練習に拍車をかけ、二つの要素が乖離する事態にならないか。それが本当に「生きる力」になるのか、大いに疑問である。
「読むこと」の指導事項は、

小1・2 登場人物の行動を中心に読む。
小3・4 登場人物の性格や気持ちの変化、情景などについて叙述を基に想像して読む。
小5・6 登場人物の相互関係や心情、場面についての描写をとらえ、優れた叙述について自分の考えをまとめる。
中1   場面の展開や登場人物の描写に注意して読む。
中2   構成や展開、表現の仕方について、根拠を明確にして自分の考えをまとめる。
中3   構成や展開、表現の仕方について評価する。

となっている。
 言語活動は、

小1・2 物語を演じたりする。
小3・4 詩をつくったり物語を書いたりする。
小5・6 詩・短歌・俳句・物語・随筆などを書く。
中2   表現の仕方を工夫して詩歌や物語を書く。
中3   物語や小説などを読んで批評すること。

などという項目が並んでいる。物語を書いたり演じたりするとか、随筆まで書くなどということは、もとろん旧指導要領にはなかったことである。これらの内容は25%も増加しており、子どもたちの学習内容と実際に授業
を行う教師の指導力量や負担は従来のレベルをはるかに超えるものとなるだろう。さらに、これらの規制項目は、本来教師の創意工夫にゆだねられるべき指導方法にまで踏み込んでいるところに大きな問題点がある。
 柴田義松氏は、学習活動を「基礎的・基本的な知識・技能の習得」と、「それらを活用する思考力・判断力表現力等の育成」に分けたことに大きな問題があるとしている。基礎・基本と活用に2分類することによって、学習活動は、前者では「暗記、暗唱、反復練習」といった方法が重視され、後者では「記録、要約、説明、論述」といった学習活動を万遍なく取り上げるにとどまるというのである。学習活動は、系統的な学習内容に基づいて、両者が統合的に行われることが重要なのだと指摘している。

3.国語科に見る「規範意識」

 文科省は、小中学校国語科・学習指導要領改訂イメージで、「三領域一事項は継続するが、内容を系統的に整理」したとアピールしている。国語科の三領域とは、「話すこと・聞くこと、書くこと、読むこと」であって、文言も順序も前回と変わらない。しかし、丁寧に読み直してみると、そこには量的な変化だけでなく質的な変化も読みとれる。 
 新指導要領の変更点は、

①「言語事項」を三領域の中に組み込む
②教科内容を指導事項と言語活動に分けて具体化する
③「伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項」の新設
④教科でも道徳との関連を重視する

の4点である。これだけとってみても、かなりの修正である。
 2月16日付の朝日新聞で、本田由紀氏(東京大学)は「基礎・基本の定着を求め、『総合的な学習の時間』も続け、思考力や表現力まで求めている。要求がどんどん追加されるばかりだ。理数の充実や各教科で記述や討論をすることは、勉強が苦手な子には難しいことばかりで、いっそう格差が広がりやすい」と、コメントしている。ズバリ、新学習指導要領の一面の本質を衝いたものと言えよう。
 これらの変更点は実行段階でさらに激しくなる。成果主義の上に立って、三つの要素でその仕上げを行うからである。
 第一は、新学習指導要領の法的拘束力である。司法・行政面からトップダウンで強力に指導する。
 第二は、全国学力テストである。テストの結果を公表して学校に序列を作り出し、学校間格差を広げる。成績のよいところにはお金を多く配分し、子どもたちが自由に学校を選ぶことができるようにする。その結果、いわゆる「いい学校」に子どもたちが集中し、そうでないとされた学校から子どもたちが去っていく。人数が少なくなると、学校の統廃合が始まる。東京の品川区や足立区がその典型的な例である。
 第三は、PDCAサイクルの導入である。Plan(計画)―Do(実践)―Check(点検)―Action(措置)というサイクルは、もともと民間企業の経営手法である。競争原理に基づいて学校と教師の業績評価を行い、指導要領の実効性を高めようとするねらいである。中教審教育課程部会の「審議のまとめ」によれば、教師は、従来の説明責任に加えて結果責任も問われることになる。
 昨年実施された全国学力テストは、結果を公表することになっている。これによって学校間格差が明瞭となり、点数による学力格差が明らかになる。しかし、テスト問題に表れる国語学力の質はどうか。これを検証しなければならない。
 たとえば、07年に新指導要領を先取りする形で実施された全国学力テスト小学A問題に、次のような漢字が出題されている。

①リーダーとして勝利に導く。
②話し合いを重ねる。
③責任をもつ。(以上読みの問題)
④みんなで協力する。
⑤先生に相談する。
⑥魚を焼く。(以上書き取り問題)

「焼く」は、45年前の全国学力テストにも出題された。正答率は、今回33.9%から70.9%に上昇している。漢字の書けない子どもが増えていると言うが、けっこう今の子どもたちはがんばっている。ただ、なかなかそれが定着しないところに問題がある。
 出題された漢字を使って文を作ってみると、ややギクシャクするが、「魚の焼き方コンクールでは、リーダーとして勝利に導く責任をもって、先生に相談し、話し合いを重ね、みんなで協力した。」という一文が出来上がる。なんとなく優等生的な「規範意識」のニオイが漂ってくるではないか。「魚を焼く」は、具体語であるが、あとは「相談・重ねる・協力・導く・責任」といずれも抽象語である。抽象的な言葉で、知らずしらずのうちに規範意識が刷り込まれていくような気がする。これは単なる偶然ではない。新指導要領は「総則に改正教育基本法と学校教育法に対応したことを強調し」、「公共の精神を重んじ、規範意識の養成や集団宿泊活動、当番活動を重視」した(前掲「産経新聞」)反映と見るべきだろう。