「21世紀COEプログラム」国語学力調査報告
2002年に文部科学省が「世界的研究教育拠点の形成のための重点的支援―21世紀COEプログラム」を立ち上げた。そのプログラムにお茶の水女子大学大学院人間文化研究科が「誕生から死までの人間発達科学」をテーマに応募し採択された。その中にはいくつかのプロジェクトがあるが、その第3プロジェクトにあたる「子どもから成人へのトランジッション(移行)に及ぼす社会的要因の探求」の国語学力調査開発グループの責任者を阿部がこれまで担当してきた。
国語学力調査開発グループには、都留文科大学の鶴田清司氏、山梨大学の須貝千里氏、大東文化大学の小林義明氏、埼玉県三芳中学校の高橋喜代治氏、千葉県松飛台小学校の柳田良雄氏、東京都小山田東小学校の永橋和行氏、茨城県つくば市にある茗溪学園中学校高等学校の鈴野高志氏がメンバーとして参加している。それ以外にお茶の水女子大学附属小学校・中学校他の先生方も参加している。
そのグループで、小学校3年生、6年生、中学校3年生向けの国語調査問題を作成した。そこでは、何より「『国語科』ではこういった力を育てたいという『教科内容』を意識した問題作り」を重視した。その作成過程や詳細が作成方針は省略するが、できあがった問題にはこれからの国語科教育のあるべき姿の一端が示されていると自負している。その一部を紹介する。
2 吟味力を重視した説明的文章問題
今回の問題作成を通じて、「言語による認識力、想像力、思考力、判断力」という要素を重視した。それらの中核の一つとなるものに、私が以前から提唱してきた「吟味力」があると考える。
小学校6年生の説明的文章問題では、「『男の仕事』『女の仕事』はあるのか?」というテーマについて、「Aさん」「Bさん」の二人がそれぞれ相反する主張をしている文章を提示した。
「Aさんの文章」は、「『男の仕事』『女の仕事』は、あると思う。いくら世の中が進歩したとしても、男でなければできない仕事、女でなければできない仕事というものはたくさんある。」という一文から始まる。「大工さん」「工事現場の仕事」などを挙げながら、「男でなければ困る」仕事が少なくないことを強調する。そして、「たしかに以前に比べれば女の人が、大工さんや工事現場の仕事、さらにはトラックやバスの運転をしたりすることが多くなっている。」ものの、「それは全体から見ればほんの少数である。」ことを述べる。最後に「昔のような大きな違いはないにしても、『男の仕事』『女の仕事』というものは確かにある。だから、『男だけが独占している仕事に女も参加させるべきだ』とか『女だけ の仕事に男も進出した方がいい』という主張には、無理があると思う。」と結ぶ。
一方「Bさんの文章」は、「『男の仕事』『女の仕事」は、ほとんどないと思う。」から始まる。「大工さん」や「工事現場の仕事」などを挙げながら、それらは「女の人でも十分にできる」と述べる。そして、「たしかに大工や工事現場の仕事、大型自動車の運転の仕事につく女の人は、全体から見ればまだ少数」であるものの、「それは今まで大工などは『男の仕事』、看護などは『女の仕事』と思われていたから」であることを述べる。最後に「『男の仕事』とか『女の仕事』とかいうものは、現代ではほとんどないと考えた方がいい。だから、男だけが独占している仕事に女も進出していった方がいいし、女だけの仕事と思われているところに男も進出した方がいいと思う。」と結ぶ。
この二つの文章をめぐって五つの「問い」用意されているが、その「問五」は次のようになっている。
この二つの文章のうち、あなた自身が賛成するのはどちらの文章ですか。まず、賛成する文章(Aさんの文章か、Bさんの文章か)を書きなさい。/その上で、なぜあなたがその意見に賛成したか、説明しなさい。説明する時に、AさんやBさんの文章に書かれていない例も考えて、付け加えてください。
二つの文章の主張・論拠を的確に把握した上で、自分の意見を明確にしながら、その根拠を論理的に表現できる力を確かめようとした。その根拠も、「文章に書かれていない例」を「付け加え」なくてはならない。自分自身で思考し判断する力、とりわけ吟味力、批判的思考力が求められる。
正答例は、賛成するのがBさんの場合、「私は、男にふさわしい仕事、女にふさわしい仕事はないと思う。Bさんが言うように、ほとんどの仕事は男女の違いは関係ない。機械など技術の進歩も、それをより助けている。たとえば、昔は無理と思われていた公園管理やガードマンも女の人がしている。『看護婦』という言い方の替わりに『看護士』という言い方が出てきたのもそのためだ。Aさんが言うように男女の違いはあるが、仕事ではそれはほとんど関係ない。」などが考えられる。
また、中学校3年生の説明的文章問題でも、「「私って、そういうの苦手な人なんです。」 テレビで若い女性タレントがそう言っているのを聞いて、なぜ『苦手なんです』と素直に言わないのかと、不思議に思ったことがある。」から始まる文章を読ませ次のように問う。
『私って~な人』という言い方について、あなたはどう思いますか。肯定、否定のどちらかの立場に立って、次の条件に従い、あなたの意見を書きなさい。
条件
①まず、肯定、否定のどちらの立場に立つのかを書くこと。
②その上で、なぜ、あなたはその立場に立つのか、この文章の内容に触れながら説明すること。
③説明に当たっては、必ず「私って~な人」についての例を付け加えること。
④ただし、その例はあなた独自の(本文章以外の)ものを考えること。
いずれも今までにない新しい国語問題と言える。これらを解くためには、構造的に文章を把握する力、論理・ことがらを適確に把握する力、そして既に述べた文章を主体的に吟味・批判する力が必須となる。
これらの検査結果は、たいへん興味深いものであった。が、それについては別の機会に報告したい。
3 吟味力を重視した書くことの問題
中学3年生の書くことに関する問題には、次のようなものがある。
次の文章における筆者の判断は、必ずしも正しいとは限りません。その理由を八〇字以上一〇〇字以内で説明しなさい。(句読点も一字と数えます。)
佐藤君は、よく遅刻します。テレビを遅くまで見ているので、つい朝寝坊してしまうというのです。今日も 、佐藤君は遅刻をしました。朝寝坊したに違いありません。
ここでも吟味力が求められている。特に推論の吟味に基づいて、考えられる他の理由を具体例によって示せるか。また、推論の不十分さを「他の選択可能性を無視していないか」という観点で説明することができるかを問おうとしている。
正答例としては、「普段から遅刻が多いからと言って、佐藤君が今日遅刻したのが朝寝坊のためとは限らない。風邪を引いたので、病院に行ったために遅刻したのかもしれない。考えられる他の理由を除いてしまったからである。」等が考えられる。
小学校6年生の書くことに関する問題には、次のようなものがある。
委員会で次のような提案が出されました。
「『図書館の本をすべて貸し出し 禁止にする』ことを提案します。/理由は、
一、本を借りていって返さない人が多いこと
二、借りた本を大切にあつかわない人が多く本がいたんできたこと――です。」
もしあなたがこの提案に反対するとしたら、どういう反対意見を出しますか。次の書き出し文に続けてあなたの考えを、解答欄の枠の字数に入るように書きなさい。
そして、解答欄のはじめに「私は、貸し出し禁止の提案に反対です。」の一文が書いてある。
提案に対する反対意見を、説得力を持って記述し、表明することが求められている。相手の提案理由に対して、自らの結論を論理的な整合性のあるものとして提起できるかどうかを問うものである。言うまでもなくここでも吟味力が大きくかかわる。
正答例は、「なぜなら二つの問題とも、それだけ本が借りられている証拠で、よいことだと思います。禁止にしたら借りる人が減って読書をしない人が増えてしまいます。」「なぜなら禁止にされると図書館の中でしか本が読めなくなるからです。すると、本を読む時間が限られて、読書が自由にできなくなります。」等が考えられる。
4 国語科教育の新しい姿を探る
これらの調査問題は、そのまま「読むこと」「書くこと」の教材として転用できる。もちろん「吟味よみ」の教材であり、私が提唱している「論争的作文指導」の教材である。また、「読むこと」「書くこと」の様々な指導過程の中に取り入れていくことも可能である。
いずれにしても今回の調査問題を一つの切り口として、今後の国語科教育の新しい姿を多くの先生方、研究者の方々と創造的に探っていきたいと考えている。
(注)これらの詳細は、お茶の水女子大 学大学院人間文化研究科『JELS第 2集 国語学力調査報告』2004年 を参照願いたい。