「海の命」(立松和平)の教材分析(構造よみ)

読み研通信77号(2004.10)

一 教材について

「海の命」は、登場人物「太一」の少年期から始まり、青年、壮年になるまでの生涯が描かれている。父親たちの暮らした海をこよなく愛する太一。その海に対する熱い思いと、村一番の漁師でありながら決してそれを誇ることのなかった謙虚な父親。そして巨大なクエに命を奪われた父親の死を乗り越えようと、与吉じいさに弟子入りする太一。与吉じいさのもとで村一番の漁師としてたくましく成長する。そして父の命を奪った巨大なクエを自分の手で捕らえ、父を乗り越えようとする太一。しかし太一はクエを捕らずに生かしてしまう。少年の時の夢に対面しながら、あえてその夢を放棄し、さらに大きなものをつかむ太一。この物語を貫いて流れるものは、一人の少年の、父親たちが生きてきた海に寄せる熱い思いであり、父の死を乗り越え父をしのぐ漁師を目指した成長の姿である。

二 構造よみ

〈 構造表 〉

◯冒頭 父もその父も、その先ずっと顔も知らない父親たちが住んでいた海に、太一もまた住んでいた。

◯発端 中学校を卒業する年の夏、太一は与吉じいさにでしにしてくれるようたのみに行った。

◯山場のはじまり 追い求めているうちに、不意に夢は実現するものだ。

◎クライマックス 「おとう、ここにおられたのですか。また会いに来ますから。」

◯結末 ……大魚はこの海の命だと思えた。

◯終わり ……巨大なクエを岩の穴で見かけたのにもりを打たなかったことは、太一は生がいだれにも話さなかった。

〈 構造の分析 〉

(発端について)

 発端は「中学校を卒業する年の夏、太一は与吉じいさにでしにしてくれるようたのみに行った。」である。理由は次の三点である。

(1)ここから具体的な描写になっている。

(2)父の死を受けて、太一が漁師になろうと決心し、行動を起こすところである。(事件の始まり)

(3)太一とクエとの関係がここから始まる。つまりここで太一がクエをやっつけて、父の敵をとろうと決心する。

(クライマックスについて)

 クライマックスは「おとう、ここにおられたのですか。また会いに来ますから。」である。太一とクエとの関係が、最も大きく変わるところだからである。父の敵として殺す相手であったクエが、父や与吉じいさやすべての海の命の守り神として、生かす相手であると太一が気付き、決定的に変わるところである。ここより三行前にクエに対して「ほほえみ」「えがおを作った」とあり、クエに対する見方や考え方が変わったようにも読み取れるが、具体的な行動としてはっきりと太一のクエに対する見方や考え方が決定的に変わるのはやはりここになる。

三 補足

 今年の八月に行われた「夏の大会」で私は「文学作品の基礎・基本を身に付けさせる授業」の分科会を担当させていただいたが、その時に次の点について論議になったことと、主題について補足しておく。

● クライマックスは一文か。

 私は教材分析をするときも、授業をするときもクライマックスは一文で押さえてきた。今回もそれに従って上記の通りに決定したのだが、参加者のみなさんから「一文にこだわらない方がクライマックスは見つけやすいのではないか。」「二カ所か三カ所のクライマックスの候補があった場合、一文に絞れといわれても絞れないことがあり、一文にこだわらない方がいいのではないか。」などの意見が出された。一方「一文に絞ることでより文章を深く読み込み、どここそが最もクライマックスにふさわしいかを吟味することになるから、一文に絞る方法は有効ではないか。」という意見も出された。

結論は出なかったが、私はやはり一文に絞ることにこだわりながらも、『作品によって最も大きな事件(関係)の変化、つまりクライマックスの形象が二文以上にわたって叙述されている場合は一文にこだわらない。』などの論議も行う必要があると思った。

そしてその観点でいうと、「海の命」のクライマックスも私が提案したところでだけではなく、その前の「水の中で太一はふっとほほえみ、口から銀のあぶくを出した。もりの刃先を足の方にどけ、クエに向かってもう一度えがおを作った。」もクライマックスではないかという意見がかなり出された。(たまたま分科会に参加された西郷竹彦氏も『両方ともクライマックスでしょう。』と助言をいただいた。)

● 主題について

 最後に「海の命」の主題を示す。次の二点にとらえた。

(1)与吉じいさの弟子になり、修行を積み腕を上げる太一。やがて父の命を奪ったクエとの戦いを通して、少年から青年、そして父を乗り越えて一人前の漁師になっていくという「一人の人間の成長」がこの物語の主題である。

(2)クエを捕らえることを夢見ながら、そのクエに父を見、大自然の命を見る。そして生涯を通してその命を守り通す。人間は自然と共生しなければ生きていくことができないという「人間と自然の共生」がもう一つの主題である。