スポーツ記事におけるステレオタイプの吟味・批評

メディアリテラシーの授業・全記録

 この授業記録は、読み研編『国語授業の改革8 PISA型「読解力」を超える国語授業の新展開 新学習指導要領を見通した実践提案』(学文社、2008年)所収の拙稿「新聞記事『ママが挑む大舞台』を使った授業構想と授業記録」において取り上げた授業の全記録である。拙稿では紙幅の関係で授業の一部しか扱えなかったので、この場を利用して一時間の全内容を掲載する。『国語授業の改革8』と合わせてご検討いただきたい。
 なお、末尾に教材テキスト全文と分析シートを掲載したので、ご利用いただきたい。

 教材 「ママが挑む大舞台1~5」(「京都新聞」2008年3月~4月、連載記事)
 日時  2008年5月23日(金)第2限
 クラス 立命館宇治高等学校 3年1組

生徒 起立。礼。
教師 まずは復習からやります。今日は新聞記事を読む。新聞記事はメディアです。では、メディアを読む際に注意すべき点が二つある。みんなで言ってみよう。メディアは、どうや。
生徒 構成されている。
教師 そうですね。(カードを貼る)メディアは構成されている。つまり、新聞記事は編集した人によって構成されている。そこに主張がないように見えても、事実が並んでいるだけでも、そこには主張があるっていうことなんですね。二つめは?
生徒 価値観を伝える。
教師 そうですね。(カードを貼る)構成されているっていうのは、ある意味ね、言いかえればそこには価値観があると。価値観とは何か。ものの考え方。ものの見方。それが必ずあるんです。これは良いとか悪いとかじゃない。絶対あるんです。例えば、みなさんがある記事を書いた。そこにはみなさんの価値観が入ります。昨日の出来事を書きなさいって言われて、あることを書く。価値観が入ります。たいてい、自分に都合の良いことしか書かない。自分に都合の悪いことは書かない。これも価値観ですよね。自分を評価、良く見られたいという価値観ね。そういうものなんですね。ですから、今日は、ちょうどオリンピック前なので、この記事をやりたい。二つ、やります。まず、この連載記事全体を見て、なぜこの五人が選ばれたのかっていうのが一つ。もう一つ、佐伯選手の記事に焦点を絞って、この記事の背景にある価値観を探ってみたい。かなりよくばりなことを一時間でやってしまおうという、試みであります。
教師 それでは、一つめ。前回、分析シートでやってみて、五人がなぜ選ばれたのか考えてきてって言いました。考えてきてくれてると思うので、それをふまえて、まず班で話し合いをしてもらいたいと思います。この五人が選ばれた基準は何か、複数挙げて下さい。できるかぎり、思いつく限り挙げて下さい。班で話し合い三分間行いますので、お願いします。はい、始め。

(班で話し合い)

生徒 子どもいるっけ?
教師 それは大前提やわな。でも挙げても良いよ。母親である。他には?
生徒 子どもを産んだのにまだトップアスリート。
生徒 家族の支えがある。
教師 それもあるわな。他、例えば、国籍に注目するとか。
生徒 ヨーロッパ。
生徒 日本。
生徒 日本か欧米。それが何かあるんですか?
教師 え?そこにある何か、傾向というか、価値観はないか。

教師 どうですか?
生徒 三個考えました。
教師 何か、意外なやつあった?「こんなんあるんちゃう?」みたいな。
生徒 えー?
教師 外国人だけを比較してみるとかね。

教師 ハイ!終わりです。これはちょっと速いテンポで行きますのでね。では、どこからでもいいです。これが基準ではないかと思いついたものを挙手で発言して下さい。はい、どうぞ。
生徒 ほとんどの選手が今度のオリンピックを家族ぐるみでめざしている。
教師 はい。家族ぐるみでめざしている。(板書)「ほとんど」と言いました、今。
生徒 一番最初の人、ダラ・トーレスさんは、見出しが「二度の引退乗り越え」なんですけど、他の人は「娘にメダルを」とか「息子の誇りに」とか「夫の勧めで」とか、「家族一丸で」。
教師 そうですね。家族との協力でめざしている。ダラ・トーレスさんだけ、そこが明確ではないけども。ということが一つの共通点であるんではないかと。はい、他に。
生徒 五人の人達の子どもが小さい。
教師 小さい子どもであると。(板書)幼少。他。
生徒 みんな出産した後に復帰している。
教師 ね、出産した後に復帰している。(板書)まあ、出産前には復帰できないしな。(笑い)要するに、一旦退いて戻ってきている。完全に引退した人もいるし、全員が全員引退してないんですけど、復帰というところに焦点が当たっている。他。(沈黙)あっ、このレベル、ですか。このレベル?
生徒 (一斉に)えーっ。
教師 あっ、どうぞ。
生徒 みんな実績がある。
教師 実績があるね。アスリートである。(板書)実績ない人は出てないな。
生徒 出産した後に、タイムとか伸びた人がいる。
教師 「いる」だけ?全員?
生徒 ……。
教師 「復帰」に含めよう、それ。はい、どうぞ。
生徒 家族とスポーツの面で両立している。
教師 これ。「両立」、「めざす」に含まれるね。(板書)みんな、マジメですね。目の付けどころがマジメです。はい、どうぞ。
生徒 二十代後半とか、四十代で、あまり若くはない。
教師 そうですね。二十代後半から四十代ですね。あまり若くはない。
生徒 いじわるなこと言ったらいいんですか、じゃあ。
教師 いや、言ったらいいって……。
生徒 K、得意やん。
教師 はい、どうぞ。
生徒 みんな、一回挫折を味わっている。
教師 うん、挫折ね。じゃあ、これ、ちょっと含めようか。
生徒 他どうですか。
生徒 みんな、いい人に描かれている。
生徒 自分のやりたいことに突っ走っている。
教師 そうですね。(板書)確かに、みなさんそれぞれね、その通りなんですね。じゃあ、例えば、こういう視点でどうでしょう。五人の内、日本人が二人入っている。外国人が三人と、こういう構成になっているね。これはまあ、別にいいわね。日本の記事だから。五分の二も日本人使ってる。それは許されるよね。前にも言いました。オリンピックには何人くらい参加するんやったっけ?一万人参加して女性がだいたい?
生徒 四千人。
教師 四千人くらいですね。で、それをめざす人達の特集だから、十倍として四万人くらいがめざしていると仮定する。その中で、子どもを持っている人が何人くらいいるか。十分の一として、四千人くらい子どもを持ったアスリートがいると仮定して、その中の五人。そこにはいろんな国の人がいる。当然、オリンピックですから。オリンピックってどういう意味なん?何で「五輪」なんですか?
生徒 五大陸がつながっているから。
教師 五大陸ですね。五大陸とはどこですか?
生徒 ユーラシア。アジア。アフリカ。ヨーロッパ。アメリカ。
教師 はい、答え言います。アメリカ大陸。オーストラリア大陸。アジア大陸。ヨーロッパ、くっついてるけどね。アフリカ大陸。この五つの大陸をイメージして、五つの輪を作っているんですね。アフリカは黒、アジアは黄色なんです。
生徒 へーっ。
生徒 何でですか?
生徒 イエロー・モンキーや。
教師 そこでや。選ばれた人の国見て。特に外国人。国名見て下さい。
生徒 アメリカと、ヨーロッパ……。
教師 アメリカとイギリスと、イタリアね。
生徒 アフリカいないんですか。
教師 この選ばれ方に何か、基準はないですか。
生徒 白人。
生徒 欧米人。
教師 欧米の?
生徒 白人!
教師 白人ね。黒人がいない。
生徒 差別なんですか?
生徒 それは、でも……。
教師 ちょっと待ってよ。(笑い)欧米の白人て、これ間違いないでしょ。日本人除けば。三人はね。これは、どうかってことよ。要するに。
生徒 ……。
生徒 見栄えがする?
教師 うん。さっき言ったでしょ。おそらく母親の選手って何千人もいるのに、欧米の白人しか選ばないってのは、どういうこと?
生徒 欧米の白人の方が、復帰しやすい環境にいる。
教師 なるほど。実はね、それ一つあるんです。復帰しやすい環境の問題。(板書)実はこれ、裏付けがあります。日本の「ホクレン」という陸上競技部の監督はこう言っています。「日本の選手は出産後は引退してしまう。結婚・出産後も続ける欧米型に移行しないと、日本の選手層は薄いままで、長距離界は持たない」そういう環境がある。出産しても復帰して当然という環境が欧米にはある。だから欧米の人達が選ばれたと言えるかもしれない。可能性ですよ。次、ちょっと違う見方してみようか。他に選ばれるべき人がいないですか。白人以外のトップアスリートで。みんなの知ってる人で。
生徒 知ってる人?
教師 あるいは、今度のオリンピックはどこであるの?
生徒 中国。
教師 中国でしょ。それやったら、日本人以外のアジア人を一人くらい選んでもいいいやん。
生徒 あー。
教師 中国にもいい選手いるよね。だって、日本人二人と欧米人三人って、偏ってますよね、明らかに。他にみんなが知っている選手で、この人なんで出ないのって、いない?例えば、白人以外で。
生徒 モーリス・グリーン。
教師 モーリス・グリーン。女性ですか?
生徒 あっ、男や。(笑い)
教師 例えば、私はまずこの人。(写真を掲示)
生徒 誰ですか?
教師 ヌデレバ。キャサリン・ヌデレバです。アテネオリンピックの銀メダリストです。野口みずきの次にゴールインしたね。この五人目のラドクリフは途中棄権してる。書いてある、記事にね。ラドクリフとヌデレバを含めて女子マラソン世界四強と言われているんです。
生徒 その人は子どもがいるんですか?
教師 どう思う?
生徒 いる。
生徒 いない。
生徒 めっちゃ、いそう。(笑い)
教師 もしいなければ、僕の言ったことはしょうもないことになんねんけど。実はいるんですね。ほら。(写真を掲示)
生徒 ふーん。
教師 ヌデレバという選手は、ラドクリフよりも、競技実績はいい勝負なんですけど、ちょっと上です。メダルの数で言ったらね。なんでヌデレバを選ばないのか。素朴に疑問に思う。
生徒 この人は、今回のオリンピックに出るんですか?
教師 はい、挑戦してますよ。そうすると、明らかに欧米の白人を選ぶという意識がある。そう言えるでしょ。それがいいか悪いかは置いておきます。僕らだって外国って言うときに、欧米を考えがちです。みなさんも、欧米に留学したでしょう。やっぱり西洋志向がある。では、もう一つ。写真とか、記事をよく読んで、共通するものない?写真にも注目してみよう。選ばれてる理由で。
生徒 優勝の時?
教師 つまり、競技以外の面で選ばれている要素がないかってこと。
生徒 顔?
生徒 えーっ?
生徒 そんなバカな。(笑い)
教師 そんなバカな?どう思いますか、みなさん。これ、容姿ですね。
生徒 この人、顔見えてない。
教師 そこでですね、私は調査隊を派遣しまして、一人でやってるけど。どんな顔なのかをちょっと入手しました。
生徒 ふーん。
教師 探偵活動やって。まず、水泳のダラさんは、こういう顔です。(写真を掲示)
生徒 きれい。
生徒 かわいい、かわいい。
教師 で、こういう人です。(二枚目の写真を掲示)
生徒 えーっ!
生徒 誰?
教師 ダラさん。だって、書いてあったやん。モデルや?
生徒 キャスター。
教師 モデルやキャスターやる人は、そりゃ、容姿がよくなかったらできんわな。ただ、きれいとか美しいというのは、主観によりますから。人によって評価が違うわな。T君と僕はたぶん違うと思う。(笑う)僕なんか、自分の奥さんが美人と、思っていますから。(「え~」という声)T君は自分のお母さんが美人といつも思っているよな。(笑い)次。バレンティナさん。(写真を二枚掲示)
生徒 きれい!
生徒 めっちゃ美人。
生徒 後ろの人がかわいい。(笑い)
教師 これ関係ない。はい、ラドクリフ。(写真を二枚掲示)
生徒 かわいい。
生徒 一番かわいい。
教師 次、日本人いきます。佐伯美香。(写真を二枚掲示)
生徒 あれ?
生徒 おっと?
教師 いや、美人でしょう。
生徒 市役所勤めてそう。(笑い)
教師 市役所勤めてんの?は、中山さん。(写真を二枚掲示)
生徒 うん、かわいい。
教師 で、ですよ。なんだかんだ言っても、容姿へのこだわりは……。
生徒 ありますね。
教師 あるんじゃないでしょうかね。(板書)
生徒 否めない。
教師 否めないね。ふだんみなさんそう思ってない。女子アスリートの取り上げ方。例えば、顔がどうのっていう以外に何かない?呼ぶ時。もちろん、アスリートですから実績で評価するのが当然なのに、実績以外の容姿とかでちやほやする傾向あるでしょ。例えば、どんな人?
生徒 浅尾美和。
生徒 オグシオ。
教師 まず一つの傾向は呼び方なんです。男性選手と女子選手の時に、全部が全部とは言わんけど、傾向としては例えばね、前のオリンピックの金メダルの「Qちゃん」とかね。「真央ちゃん」とか言うでしょ。かと思えば、「ミキ」とか。
生徒 ミキティ。
教師 あだ名ですね。まず呼び捨て。「ミキ」「マオ」。「がんばれマオ」とか言うでしょ。男性アスリートの場合、「○○選手」と「選手」を付ける。女子の場合、下の名前で「ちゃん」付けしたり、下の名前で呼び捨てしたり、あるいはあだ名で言う。
生徒 でも「マー君」て言う。
教師 そう、例外として、「ハンカチ王子」とか「マー君」ていうのがあるんですね。でも、その場合も、男前のやつとか、かわいい男子選手ですね。全部が全部じゃないけどね、女子選手はアイドル化されてますね。メディアに共通する傾向として、ちょっとかわいかったりすると、競技実績よりも持ち上げちゃう。例えば、浅尾美和は全然活躍できてないです、今回。で、佐伯さん、三十六歳なのに頑張っている。でも、取り上げるメディアの量からしたら、浅尾美和の方が圧倒的に多い。こういう傾向はある。いいか悪いかは別です。メディアにそういう傾向があるってことは、かなり大事な点です。今度スポーツニュースを見る時に、ここに注目して欲しい。これが一つです。で、こういうのを何と言うか。ステレオタイプというんですね。聞いたことある?(板書)決まり切った見方、「紋切り型」なんて言い方もしますが、例えば、外国人と言えば欧米の白人という見方、ステレオタイプと言います。
教師 では、次行きます。佐伯選手の記事を見て、その背景にある見方・価値観は何かっていうのを考えたいと思うんだけど、見るポイントとしては、連載タイトル、見出し、記事の内容、分析シートに書いた目の付けどころに沿って、もう一回話し合いをして下さい。ここにはどういうものの見方があるか。では三分間、はい、始め。

(班で話し合い)

生徒 先生、もう一回説明してもらえますか?
教師 この記事の連載タイトルや見出しを見て、ここにどういうものの考え方があるか。人物の扱われ方を比較したり、言葉にこだわってみたり。
生徒 はい。

教師 まず、人物の描かれ方とか、見出しの言葉の使い方に注目して下さい。

生徒 夫のことが前面に出されていると思う。
生徒 めっちゃ、フォローされてると思った。
教師 そのことがどういう意味を持つのかね。佐伯さんを紹介する記事としてはどうなのかということ。どういうものの見方がそこには表れているのか。
生徒 家族をほったらかしにしてるのに、言葉の言い換えによってこの人を、感謝もしてるし、悪くも思ってるし、みたいな。
教師 もちろんそうですよ。じゃ、逆の見方ができないか。
生徒 逆ですか?
教師 逆っていうのは、こういう取り上げ方するのが、悪いんちゃうかっていう、違和感がないか。
生徒 違和感ある。
教師 違和感感じた人は、なぜ感じたのかを出したらいい。
生徒 子どもはネタにされてるけど、子どもの主観が入ってないのが気になる。
生徒 結局、子どもと一緒に頑張ってる感がない。
教師 どこからそういう風に感じているのかを調べたらいい。例えば、描かれ方の言葉とか、量ね。夫の描かれ方と、夫を取り上げる記事の量、行の数とかね。
生徒 夫の方が圧倒的に多い。
教師 じゃあ、何行かを見て。

教師 ハイ、じゃ、時間です。いろいろと意見が出ているようなんですけど、まず、こう感じたというのがある場合は、どの言葉でそう感じたのか。どういう書かれ方でそう感じたのか。その書かれている内容、分量など、いろんな要素から。まず、目の付けどころは、これだけ見ます。連載タイトル、五つの記事全部共通してますが、これと、この記事の見出し。ここだけまず見てみよう。この言葉の使い方から読めることは、何でしょう。「ママが挑む大舞台」っていう言葉から。どんなことが読みとれますか。
生徒 オリンピック。
教師 「大舞台」はオリンピックやな。これはわかる。「挑む」はそれに挑戦してるってことやね。じゃ、注目すべき言葉はどれ?
生徒 ママ。
教師 じゃあ、「ママ」、この言葉を選んだってことは、どういうことが読みとれる?
生徒 子ども目線。
生徒 子どもがいる。
教師 子どもがいる。じゃあ、他の言葉と比較してみようか。「ママ」と同じ意味を持つ言葉。
生徒 お母さん。
生徒 マミイ。(笑い)
教師 あるいは、きりないですけど、「母」「母ちゃん」だっていいやん。
生徒 オカン。
教師 じゃ、比べてみようか。「母が挑む大舞台」「お母さんが挑む大舞台」「母ちゃんが挑む大舞台」(笑い)「オカンが挑む大舞台」(笑い)
生徒 「オカン」いいよな。
生徒 「ママ」の方がお母さんなりたてって感じ。
教師 なりたてね。歳がね。
生徒 やわらかい。
教師 うん、やわらかい。
生徒 子どもがちっちゃい。
教師 やわらかい。若い。子どもが小さい。(板書)なんか、「母が挑む大舞台」ってやると、お母さん和服来ているイメージがあるんですが。ちょっと堅くなるね。
生徒 「ママ」は世界共通の。
教師 なるほど、外国人にも当てはまる。そうすると、「ママ」という言葉で若さを出したり、世界共通ってのがある。じゃね、これを、極端な発想ですけど、「パパ」に換えてみる。「パパが挑む大舞台」とした時に、そういう記事が成立するかどうかです。
生徒 しないと思う。
生徒 頼りなさ過ぎる。
生徒 「オヤジ」の方がいい。(笑い)
生徒 だって、家庭に関わること少ないから。
教師 「パパが挑む大舞台」って、何かヘンなんですね。何でヘンなのかは、後で記事の中味と関連させて読んでいきますので、ちょっと保留しておきます。
教師 「夫の勧め三度目狙う」これは?
生徒 三度目の優勝を狙う。
教師 どこにポイントがあるの?
生徒 「夫の勧め」
教師 何で?
生徒 その人が……。
教師 「三度目狙う」ってのは復帰したってことやな。「夫の勧めで」三度目狙うんです。見出しというのは、記事の最もイイタイコトを短くまとめたものですね。夫の勧めなんだということが言いたいんです、この記事は。夫の勧めなんだということを裏返したら?
生徒 バックアップ。
教師 うん、家族がバックアップしてるってのもあるし。
生徒 夫がいい人。
教師 夫がいい人ってのもあるし。
生徒 自分がやろうと思ってない。
教師 自分がやろうと思っていない。ま、極端に言ったらですよ。このタイトルだけ見たら、本人の主体性よりも、周りの勧め。周りに支えられてやっているというニュアンスが感じられますね。じゃ、中身を確認していきます。中身どうですか。例えば、復帰は夫の勧めとありましたが、それだけですか?記事から読めることは?
生徒 夢が叶ったから……。
教師 うん、「もう試合に出たくなった」と本人の意思であることを言ってます。じゃあ、「夫の勧め」であるところは何カ所言われてる?
生徒 三段落。
教師 三段落に「勧めもあって」とありますね。これだけ?
生徒 四。
教師 そうですね。そうすると結局、本人の意思なのか、旦那の薦めなのか、どっちが強いかって言うと?
生徒 旦那の方。
教師 なぜか?本人の意思は一箇所しかない。旦那の薦めは二箇所ある。しかも、理由まで言われている。
生徒 でも、三段落の「引退を選んだことを後悔している」っていうのは、自分の意思だったということじゃないんですか?
教師 そうですね。「引退を選んだことを後悔」っていうのはありますよ。ただ、復帰について、理由まで言っているんですよ、これだけね。しかもこの見出しですよ。どう見ても、本人の意思もあるけど、夫の勧めなんだということを強く言いたいという、考え方がここに出てる。これは言えると思うんですね。ほなら、夫はどう評価されていますか?この記事の中で。
生徒 めっちゃいい人。
教師 特にどこ?
生徒 「会社員の公彦さんがほぼ一人で健太君の面倒を見る」
教師 どのくらいの期間?
生徒 九ヶ月。
生徒 六年。
教師 九ヶ月。しかも六年。これ考えてみたらすごいことですね。だって子ども何歳か?
生徒 五歳。
生徒 あれっ?
教師 六年目なんですよ。ということは、生まれた時からずっと面倒見てるってことなんです。
生徒 わ~。
生徒 すごい。
教師 四日のうち三日間も家明けるんです。弁当作り、おしめ換えて。そら、もう、この夫はすごい人だと。まさに人格者である。と言わんばかりの表現ですよね。ほんと、これ一人でやってんのかな?
生徒 おばあちゃんとか。
教師 うん、いるかもしれんね。その証拠に?
生徒 ほぼ。
教師 「ほぼ一人」って書いてあるな。とすると、おじいちゃん、おばあちゃんがいる可能性があるのと、あとは?
生徒 ……。
教師 お手伝いさん、家政婦、ベビーシッター、いるかもしれんな。だとしても、この公彦さんが面倒見てるの間違いないから、こらたいしたもんやわな。そうすると、公彦さんの、夫のすごさがかなり強調されている。しかも夫が勧めてるんですね。「僕はシドニー五輪を観戦し、非常に感動した。子供も五輪を見れば、ママが頑張る姿を目に焼き付けられる」ってね。偉いわ。とても私にはできません、これは。ほなら、妻は、どう描かれてます?
生徒 感謝している。
教師 うん、夫に感謝している。ほなら、子育てを夫に任せていることをどう表現している?
生徒 「家庭を放棄してきたようなもの」
教師 「家庭を放棄してきたようなもの」と言っている。もちろん、この「家庭放棄」は本人が使っている言葉ですからね、謙遜があるかもしれないね。じゃあ、本人の言葉だからこれはどうでもいいのかってことなんです。これ、最後の段落でしょ。最後の段落はどういう意味を持つ?
生徒 締めくくり。
生徒 イイタイコトを言う。
教師 うん、イイタイコトが最後に来るよね。そうすると、最後にこのセリフを、編集した人が持ってきてるんです。「家庭放棄」と本人が言った言葉を捉えてね、「家庭放棄だ」と。で、「五輪の後は今までの分を取り返したい」。これ、どういうことですか。今までの分取り返すって。
生徒 引退。
教師 引退するってことなんですね、これ。国内で競技を続けるっていうのは、オリンピック出るには世界各地のツアーに行かないとだめなんです。でも国内競技だけならツアーに行かなくていいから、家にいられると。で、「家庭放棄」と表現してるね。佐伯は女性であって、母親であって、家庭放棄している。こんだけ家空けて、人格者である旦那の支えによって、スポーツができてるんだと。ということが、この背後にあるような感じがする。他に、佐伯本人の表現で注目したところない?(……)繰り返し表現されていることで。(……)佐伯の態度、何か傾向ないですか。セリフ以外。セリフを言う、佐伯の様子とか。
生徒 「恥ずかしそうに笑った」
教師 「恥ずかしそうに笑った」とか?
生徒 「優しい口調」
教師 「優しい口調」ね。これ別に、「言った」だけでいいやんか。「笑った」だけでいいやんか。「恥ずかしそうに笑った」り、「優しい口調」で言うってのは、何を意味するの?
生徒 女らしい。
教師 女らしさやな、これ。女性的。(板書)例えばな、「強い口調で語った」としてもいいやん。でも、やっぱり佐伯は女性だと。女性にもかかわらず家庭を放棄して、人格者の夫に子どもを預けてやらしてるんだっていう、これ悪く見たらですが、そういうニュアンスがどうも感じられる。さあ、そこで、さっき「パパ」に換えてみましたけど、これを仮の話でね、夫婦の立場を入れ替えてみる。するとどういう記事ができるか、架空の記事を考えてみました。(貼り出す)こういう記事ができます。読んでみます。

パパが挑む大舞台
妻の勧め三度目狙う ビーチバレー 福井公彦
 北京で三度目の五輪出場を狙うビーチバレー男子の福井公彦は恥ずかしそうに笑った。(笑い)一年のうち約九カ月間、妻の美香さんと5歳の健太君を松山市内の自宅に残しての競技生活は六年目だ。
 美香さんは復帰を促した理由をこう語る。「夫はバレーを取れば何が残るの、という感じの人。私はシドニー五輪を観戦し、非常に感動しました。子供も五輪を見れば、パパが頑張る姿を目に焼き付けられる」
 福井が家を空けるときには、会社員の美香さんがほぼ一人で健太君の面倒を見る。(笑い)福井は「妻は不平を言わないが、想像以上に大変だと思う」と感謝している。
「今までは家庭を放棄してきたようなもの」と冗談めかしたが「五輪の後は今までの分を取り返したい」と強い口調で言った。

教師 これ記事になるかな。
生徒 (一同)ならない。
教師 なぜならないんですか?
生徒 よくある。
生徒 ひどい。(笑い)
教師 どこがひどいですか?
生徒 だって妻働いてんのに子どもの面倒一人で見るって。
生徒 そういうことじゃないでしょ。
教師 あ、そういう主張もありますね。でも、それはあなたの意見なんです。世間一般の考え方からすると?
生徒 奥さんが、子どもの面倒を見るのも、家のことをやるのも、当たり前。
教師 うん、当たり前って、僕らの感覚にあるわな。しかもね、この人は、美香さんに復帰を促されている。
生徒 へたれ。(笑い)
教師 情けないって映るわな。「なんやこの福井は!嫁さんの勧めでやっとんのか!」と。「お前の意思ちゃうんかい!」ってね。情けない記事になってしまいます。「妻の勧めで三度目狙う」って言えへんわ。大きな声でね。というのは、我々の中にそういう見方があるってことなんや。つまり、男というものは外で戦う。家族のために戦う。女というものは、家族を守り、夫を支えるっていう考え方があるんですね。男の役割、女の役割ってことでね。あるんです、世間一般に。それにうまく乗ってるんです、この記事は。だから、こんな記事書くと成立しない。「なんやこれは」となります。こういう考え方を何と言いますか?
生徒 ステレオタイプ。
生徒 先入観。
教師 うん、ステレオタイプなんだけど、特に、男女の性的役割。
生徒 男女差別。
教師 それ英語で。
生徒 ジェンダー。
教師 ジェンダーですね。
生徒 だけですか?
教師 だけですね。要するに、社会的・文化的な性差、男女の差をジェンダーって言うんですね。で、そういうジェンダーの見方で、決まり切った見方を、「ジェンダー・ステレオタイプ」と呼ぶんです。
生徒 よっしゃ、あってた。
教師 あってた?(笑い、板書)つまり、この記事は、ジェンダー・ステレオタイプがかなり濃厚に読みとれる記事なんですね。この五つの記事全部がそういう傾向を持つんだけれど、特にこの記事が僕は一番強いと思ったんで取り上げました。だって、「夫の勧め」って、全てが夫が中心で、妻は夫の支えで成り立ってると、描いてるんですね。しかも、みなさんどうですか。一年九ヶ月間もこの人はほったらかしているんですよっていうニュアンスが、どうも、僕は感じられるんです。でもそうは言っても、自分がこの立場だったら、福井公彦さんは偉いなとは思うんですけどね。
教師 じゃあ、何でメディアにはこういう価値観があるのか。スポーツニュースには、大体こういう見方があるんです。
教師 あ、ひとつ言い忘れた。本来だったら、どういう記事を書くべきなのか。佐伯の活躍を讃えようと思ったら。
生徒 競技生活。
教師 競技生活やな。三十六歳の佐伯ががんばっているとすればね。もちろん、家族の支えもあるんですけど、家族の支えだけでは三十六歳のアスリートはがんばれない。どういう努力があるのか、どんな工夫をしているのかっていうのを、本当は描くべきですよね。実際、私調べてみたんですが、時間がないから言いませんけどね、彼女が復帰できた理由の一番に挙げているものは何だと思う?こういう別のインタビュー記事があるんですけどね。(……)もう、佐伯さんの記事ばっかり最近読んでるんです。もう佐伯ファンになってきた。(笑い)何が一番だと言ってると思う?
生徒 バレーが好きだから。
教師 バレー好きなだけでできますか?三十六歳で。
生徒 子どもに見せたい。
教師 その家族のことも言ってるんだけど、一番じゃないんです。(……)もっと現実的問題です。
生徒 お金。経済的問題。
教師 お金。お金、どうやったらもらえんの?スポーツ選手は。
生徒 優勝すればいい。
教師 勝ったらもらえる賞金もあるけど。それだけじゃ、やっていけない。
生徒 スポンサー。
教師 スポンサーですね。スポンサーがついたからできてるって言ってるんです、彼女。
生徒 ダイキがスポンサーですか。
教師 うん、ダイキがスポンサーだし、いろいろ支援する企業ができると、世界各地を転戦できるわけです。二つめに挙げているのが、スポンサーでお金が入ったから、トレーナーを付けた。それで筋力増強して、強くなったってことを挙げてるんですね。家族の支えっていうのも言ってます。でも、本当は、そういうことをこそ記事にすべきなのに、というのがあります。
教師 じゃあ、なんで、こういうジェンダー・ステレオタイプが、スポーツの記事にあるのかっていうと、このNHK新書の中で、『スポーツニュースは恐い』という本がある。その中で、歴史的理由をこの著者が述べています。なぜかっていうと、スポーツはもともと男だけのものやったんです。これに関係してる。最初のオリンピックは、女性は参加できなかったんですね。第二回目で参加できるようになったんですけど、千人のうち二十人しか女性はいなかったんです。そもそもスポーツっていうのは、より強く、より速く、より高くっていうのが、スポーツのスローガンでね。男らしさを発揮する絶好のチャンスなんです。女性は、より強く、より速く、より高くなる必要はない。こういうのが、どうも歴史的にあるんじゃないかっていう分析がされています。まとめると、みなさんがこれから、こういう新聞記事を読むときにね、ここに注目して欲しい。今まで言ってきたことと、大体同じことなんだけど。(カードを貼る)「選択された事実は適切なのか」ってことなんですね。選択されない事実もある。最初に言いました、「メディアは構成されている」ね。事実を選択することによって、価値観を伝える。その「価値観は適切なのか」といった目でニュースを見て欲しいと思うんです。これを一言で言うとね、我々は情報の「受け手」であってはならない。テレビもそう、いろんな映画、メディア、新聞もそうですね。「受け手」ではダメなんです。どうならなあかん?(……)「受け手」じゃなくて。「何」手ですか?
生徒 攻め手。
生徒 扱い手。
生徒 やり手。(笑い)
生徒 選び手。
教師 受け取るだけじゃダメなんです。その情報を分析するわけです、こうやって。「事実選択は適切か」「価値観は適切か」と見ていくんです。
生徒 ツッコミ手!(笑い)
教師 「ツッコミ手」でもいいんですけど。もっとかっこいい言葉で。普通の言葉ですけど。
生徒 学び手。
生徒 読み手。
教師 「読み手」です。(板書)今までみなさん、何となく見て、「あ、すごいな」と思ったかもしれんけど、こうやって分析してみると、実はジェンダー・ステレオタイプや、外国人というものの見方、ステレオタイプがある。「読み手」となって、それが初めて読みとれるわけです。新聞記事、メディアも含めて、文章は全てそうですから。これから何か文章を読むときは、その「事実選択は適切か」「価値観は適切か」って考えて下さい。友達としゃべっても、そう。「昨日、何があったん?」て聞かれたときにね、相手がなんて言ったか。実は、重要なことは言わずに、都合の悪いことは言わないってことありますよね。それが悪いことかどうかは別ですけどね。そこで選択をしているっていうことなんです。それに自覚的になって欲しい。自覚的になるだけで、だいぶ変わります。なんとなく受け取るんじゃなくて、主体的に読んでいく。是非、そういう記事を見つけたら、教えて欲しいと思います。(チャイム)ということで、終わりにしたいと思います。お疲れさまでした。
生徒 ありがとうございました。