詩「相聞」(芥川龍之介)の授業

 この教材は、平成5年度版の東京書籍の教科書(中3)に採録された。いい教材だと思っていたが、一回限りで姿を消した。思うに、「不倫」と読まれては、教育上よろしくないとでも考えたのだろうか。
 佐藤春夫の解説が1ぺージ載っている。佐藤は、この詩を「あくまで洗練しぬいて、心にくい文字遣いは芥川の代表作である。」と言い、「『相聞』という題は愛する人に寄せるものという意味であるが、初めてその人を見た思い出の水無月になってきたが、この秘めた嘆きは、だれを相手に語ろうか。その人もない。今に沙羅の若葉したみずみずしい枝に花が咲き出して、切なくも我が思う人のひとみが面影に浮かぶであろうに」と、歌の意味を説明している。
 佐藤は、「沙羅は、信州辺りでは夏椿ともいい、白く、つつましやかに品のいい花を咲かせる木であるが、その花のような目の人と聞けば、さぞや清楚な美人と想像するだけで、その人を深く詮索する世間話的興味よりも、こののっぴきならない文字遣いの美と、哀切な調べとを味わってほしい」と、付け加える配慮を示した。

 大学で行った授業を整理して再現する。(20分授業)

T では授業を始めます。
 今日は芥川龍之介の詩「相聞」を勉強します。今までに詩の読み方について三つ話しました。ハイ、最初は?
S 構造よみ(続いて…)、技法よみ、主題よみ。
T この三つを頭において、今日は「感情を表す表現」に着目して、この詩を読み解きます。最初に音読します。(板書を指でなぞりながら)
S 「相聞」
T 作者は?
S 芥川龍之介(続けて…)
  
  また立ちかへる水無月の
  嘆きを誰にかたるべき。
  沙羅のみづ枝に花咲けば、
  かなしき人の目ぞ見ゆる。

T この詩のリズムは?
S 七五調。
T 口語で書かれていますか、文語で書かれていますか
S 文語。
T 七五調の文語定型詩ですね。今度は、私が読みます。「感情を表現する言葉」に傍線を引いてください。
T いま、「涙っていうのもあるよ」というY君の声がチラッと聞こえたんですが、感情を直接表す言葉ですよ。好きとか嫌いとか…。
T では、一斉に、バラバラで結構です、答えてください。ハイ!
S 嘆き。
T アッ、全部そろったではないですか?もう一つあるかな?
S かなしき。
T 他にもあるかな? ないですね。では、「嘆きを誰にかたるべき。」からやりましょう。どんな嘆きかな?
S 失恋。
T 他には?ない。みなさん、失恋してますね。(笑い)では、ちょっと聞きますが、題名の「相聞」ってどういう意味ですか?
S 恋の歌です。
T そう、愛の歌です。恋愛です。でも、そうじゃない意味もあるんですよ。辞書を引いてみてください。
S 「万葉集の一部の巻に見える和歌の分類の一」
S 「消息を通じ合う意」
T ハイ、万葉集の相聞歌というのはよく聞きますね。もう一つ、「消息を通じ合う」というのは、恋とは限りませんね。「相」―お互いに、「聞」―聞き合うというのですから、コミュニケーションを含むもっと広い意味です。そこから愛へ。愛の濃いのが恋というわけです。(笑い)さて、「嘆き」は、この中のどれだと思いますか?
根拠を挙げて言ってください。ちょっと班で話し合ってください。
S 「また立ちかへる水無月」というのだから、一年たって、また水無月が巡ってきた。その間、消息はなかった。だから、失恋したに違いない。
T なるほど。証拠の①ですね。他には?
S 「かなしき人」というのは、「愛しい人」という意味だから、やはり、愛とか恋だと思います。
T ハイ。証拠の②です。
 ところで、芥川は、なぜ「また巡り来る」と言わずに、「立ちかへる」と言ったんでしょうね?普通は「巡り来る」ですよね。
S 6月は帰ってくるけど、相手は帰ってこない、と言うことなんじゃないですか。
T なるほど!。そうすると、芥川はどうしているんですか?「また立ちかへる」というんですから…。
S 過去に戻るということではないですか?
T 「過去に戻る」…。じゃ、気分だけですね。いま、「立ちかへる」と「「巡り来る」の違いを読み取ろうとしているんですよ。
S 待っている。(誰が?)芥川が―。(誰を?)相手の女性を。(どこで?)そこで―。(笑い)
T そうだとすると、芥川はそこへ出かけて行ったんですね。「立ち返る=帰る」ですから、行動を伴っているんです。そこに行けば、愛しい人に会えると思って出かけたに違いない。しかし、会えなかった。会えなかったという「嘆き」は、どんな嘆きですか?失恋の嘆きですか…? そうでしょうか。
S 「好きだ」と告白できなかった嘆きだと思います。
T なるほど。そうだとすると、「かなしき人」との関係は、どう読めますか?「かなしき」を漢字で書くと…。
S 悲劇の「悲」。「愛」と書いて、「かなしき」。「哀切」の「哀」。(それぞれに)
T 「かなしき人の目ぞ見ゆる。」というのは、この三つのうちのどれでしょう?
S ……。
T 質問を変えましょう。「あの人の瞳が思い浮かんでくる」というのは、何によってですか?
S 花。花を見て。(それぞれに)
T そうですね。夏椿の花を見て愛しい人の瞳を思い浮かべているんです。当然、「愛しい人」です。ですが、前に出てきた「嘆きを誰に語るべき」と関連させてみると、その人に会えないとか、人には話せないとかいう悲しみや哀しみ(板書を指しながら)を含み込みつつ、夏椿の花のように清楚で美しい瞳のその人の面影を、再びその場を訪れて心の中に思い描いた詩であることがわかったと思います。単に失恋の悲しみを歌った詩ではありませんね。これが「相聞」の主題です。
 これで授業を終わります。

 20分の授業では、芥川の「心にくい文字遣い」まで読むことはできなかった。たとえば、各行の文頭は「頭韻」ではないが、ア段の音で統一されている。ア段の音は、明かるい感じがする。ここに描かれた世界は、哀切ではあるが暗い悲しみではない。
 授業の切り口は多様だろうが、おもしろい授業が期待される。一度、中学校で取り上げてみてはどうだろうか。