ディベートで読む「こころ」の授業・全記録

 この授業記録は、『研究紀要6』所収「ディベートで読む『こころ』の授業──二値的論題による形象よみは有効か──」の中で示したものと同一の記録である。ただし、拙稿では紙幅の都合により半分近くを省略したため、討論の流れがつかみにくい記録となってしまった。そこで、今回は1時間の授業の全記録を掲載する。
 なお、小説をディベートで読む意義、論題設定と教材分析、授業構想については『研究紀要6』を参照されたい。

 教材  夏目漱石「こころ」(文庫本一冊)
 論題 「Kは自殺する時、先生を恨んでいた」
 対象  立命館宇治高等学校2年生
 日時  2004年2月20日(金)
 記録  音声データを文字に起こしたもの

ワタル ただいまより、第二回ディベートを開始します。論題は、「Kは自殺するとき先生を恨んでいた」です。肯定側から、三分間の立論をお願いします。では、始めて下さい。

トモコ 私たちは、「Kは自殺するとき先生を恨んでいた」を肯定します。その根拠として三つの事柄を挙げます。
 第一に、Kが自殺する際のサインです。Kと私の部屋との仕切の襖は、寝るときにはいつもきちんと閉まっています。開けたままになっていたのが、本文にある「この間」の晩と、自殺した晩です。「この間」の晩は、Kは大した用もないと言いながら、眠っている私にわざわざ声をかけ、あとでその訳を聞いてもはっきりした返事をしなかったり、強い口調で否定したりと、いつもと調子が違っていました。明らかに、Kは私に何かを言おうとしていましたが、言わずに襖を閉めたのです。自殺した晩は、Kが自殺を決行したために襖は開いたままでした。私が第一発見者になるのは当然であり、二人の部屋の仕切である襖に、生の勢いのような血しぶきが飛び散っていたのは、私に向かって血しぶきをかけたのも同然です。
 第二に、Kの遺書です。この遺書はいったい、誰に書かれたものでしょうか。私はもちろん一番最初に読みますが、自殺となれば警察にも調べられるでしょうから、色々な人に読まれるのが分かって書かれたものです。だから、簡単で抽象的、必要なことが一口ずつ書かれてある遺書なのです。非難することは何も書かれていません。Kと私は長く深いつきあいなので、よく知っていますから、書かなくてもそこに書かれた気持ちや意図というものは読みとれるはずです。むしろ、私を責めないことで、自分の友情や私の名誉を守りながら、他人には分からなくても、私だけには分かるメッセージを込めています。
 第三に、Kと先生の自殺場所の対比です。「私は妻に血の色を見せないで死ぬつもりです。妻の知らない間にこっそりこの世からいなくなるようにします」と先生が本文で言っているように、自分が愛している人、大切に思っている人には、自分が自殺することによって、残酷な恐怖を与えたり、迷惑をかけたりすることはないようにするでしょう。ところが、Kはどうでしょうか。下宿先の自分の部屋で血が大量に出るような壮絶な死に方をしています。しかも、第一発見者にも後始末にも私が選ばれています。むしろやらざるを得ないようにされています。
 以上により、私たちは「Kは自殺するとき先生を恨んでいた」と確信します。

ワタル では、否定側の立論をお願いします。

モモコ 私たちは「Kは自殺するとき先生を恨んでいた」という主張を否定します。つまり、Kが自殺する時先生を憎んでいなかったという主張をします。次に述べている根拠は、全てKが先生に宛てた手紙の内容からです。
 はじめに、第一の根拠に、「薄志弱行」という言葉が挙げられます。手紙の内容によると、Kは「自分は薄志弱行で到底行く先の望みがないから自殺する」と述べています。なぜなら、彼は自分の意志が弱いことに自己嫌悪に陥ってしまったからです。Kは、お寺の次男として生まれて自分の考えている道に沿って生きてきました。ところが、お嬢さんとの出会いによって、Kの考えている道からずれてしまいました。Kはそれが許せなく、薄志弱行の自分に絶望したのです。だから、自分の人生を断ったのだと考えられます。
 第二の根拠に、「今まで先生に世話になった礼」と述べている箇所が挙げられます。Kは、前にKと養家の折り合いが悪くなったり、実家と離れてしまったことから、Kの健康と精神に影響し、Kは次第に感傷的になっていました。時によるとKは自分だけが世の中の不幸を背負っているというようにもなりました。そんなKを見て、先生はKを自分の宅に呼び寄せて、Kを助けました。その後Kは落ち着きを取り戻したのです。このことから、Kが先生に世話になったことがわかります。もし、Kが少しでも先生を恨んでいたなら、お世辞でも礼は述べないと考えられます。
 さらに第三の根拠として、先生に死後の片づけを頼むようにしています。たとえどんな人生を送っていても、自分の遺体の片づけは重要なことで、Kはその重要なことを先生に頼みました。自分の本当に嫌いな人に重要な仕事を頼むのは考えられません。その手紙の最後に、Kは「もっと早く死ぬべきだったのになぜ今まで生きてきたのだろう」という意味の文句を付け加えています。「もっと早く」ということは、自殺の原因は最近起こった事件のせいではないということを意味しています。
 よって、私たちは、Kは自殺する時先生を憎んでいなかったということを主張します。
 
ワタル それではただいまから三分間の作戦タイムとします。(三分経過)ただいまより、否定側の反対尋問を開始します。

トモノリ 肯定側に対する反対尋問を始めます。まず、この立論で、Kの自殺の理由が抜けてるんですが、そこはどうお考えなんでしょうか。
カナ ちょっと話を前に戻すと、Kと先生が図書館から帰ってくる時に、Kが先生に責められたときに、Kは自分のことを馬鹿だって認めてるし、向上心がないとも言ってるんですよ。そのときのKの状況として、すごく萎縮してるし、自分が信じてきた道から逸れたって言うことを明らかに自分で認めてるし、その直後にした覚悟っていう言葉は、自分が信じてきた道を捨ててまでお嬢さんへの愛を選ぶ覚悟っていう意味に取れるから……。
トモノリ そうですか?これは他にも、死ぬ覚悟とかいろんな取り方があると思うんですが、自分が向上心がない、馬鹿だと認めたなら、むしろそういうことになった自分をこれからどう美化していくか、ということに対する覚悟ととるべきだと思うんですけど、どうでしょう?
カナ で、先生が、……。(笑い)
ユキコ 質問に答えて下さい!
カナ 質問の意味があんまりよくわからない……。
トモノリ とりあえず、先生が自殺した理由は何なんですか?
カナ えっ?今言った……。
トモノリ あの、じゃあ、そう思われるということなんですが、(笑い)では、それでそうやって先生を恨み得るんですか。自分の状況に対して嫌気がさしたのに、なぜ先生を恨むんですか?
カナ だから、明らかに、先生は、Kもはっきり分かると思うし、Kが先生に裏切られたっていうことを分かるっていうことは明らかやし……。
トモノリ でも、その時点では裏切ったも何もないんじゃないですか。
カナ でも、明らかに、Kは先生をすごい信用してたし、自分の愛を打ち明けるほど……。
トモノリ でも、その時はKから相談して、今の自分に対する批判を求めたわけであって、それに対するある程度の批判があることはKも想像し得たはずではないですか?
カナ でも、それほど信用できたから、Kが……。
トモノリ その時Kは自分を応援してほしかったとおっしゃるんですね?
カナ そういう部分もあってもおかしくないと思うんですけど。
トモノリ はい、わかりました。(笑い)次に、この立論の細かいところに関して始めたいと思うんですが、襖の開き具合なんですけど、二尺ばかりっていう表現をされていたと思います。(板書しながら)で、この二尺っていうのは、六〇・六センチメートルです。これは、人が通るに開けるとしては、まあ、このくらいですから、あまりにも狭すぎます。これはどう考えても、少し覗くっていった方が、的確だと思うんですね。ここで、二回チェックしているわけなんですけど、一回目の「この間の晩」っていうのは、「精神的に向上心のない者は馬鹿だ」の、あの散歩の直後ですね。で、これは、このときKがすでに自殺を覚悟して、先生の様子をただ単にチェックするためだったんじゃないですか。(笑い)
サオリ それは人が通れないんですか?
カナ 別に通ろうとする理由はなかったんじゃないですか?
トモノリ あの、初めの時は、そこをトイレに行った、通りかかったついでに行ったんやと、一応Kは答えていますよね?
カナ うん。
トモノリ でも、それにしてはやや狭すぎる。
カナ え、だから、帰ってからちょっと閉めたっていう考え方もあるんじゃないですか?
トモノリ はい、わかりました。(笑い、相談する声)とりあえず、「この間の晩」の時は……。(相談する声)じゃあ、第三の方、見てほしいんですけど、この先生の考え方は、Kの自殺に対する、先生のトラウマから出てきた考え方であって、Kにもその意識が持ち得たっていうのはかなり……しできるかなと思うんですよ。
カナ その、自分の死を見せたくないということについてですか?
トモノリ ああ、はいはい。
カナ でも、普通に、トモノリ君だったらどうですかっていう話ですね。一般的な考え方として自分が大事な人にあそこまで悲惨な死に方を見せたいですかっていう話ですよ。
トモノリ ああ、すいません。時間がないんで先に行かせてもらいます。(笑い)
ユキコ すいません。あの、自分の血を浴びせようとしたいんやったら、何でもっといっぱい開けないんですか?何て言ったらいいの……。(笑い)
モモコ 気づいてほしかったから開けてたんじゃないですか。血を浴びせようとしたから開けてたって言ってるじゃないですか。でも、これ……。(終了のベル音、笑い)

ワタル では、肯定側の反対尋問お願いします。
カナ 私たちは四つの質問をします。時間がないので、一問につき四〇秒以内で迅速かつ明確に答えて下さい。(笑い)
 第二の根拠として挙げられている、「先生はKを助けたのでKは先生を恨んでいなかった」とありますが、別の考え方として、Kは先生にとても親切にしてもらい、お嬢さんへの愛を打ち明けられるほど先生のことを信頼していたのに、Kの気持ちを知っておきながら最悪の形でKを裏切った、Kは先生のことを一番信頼していただけに裏切られたショックはとても大きく、そのショックから先生への恨みが生じた、と考えることは出来ませんか?トモノリ君、答えて下さい!(笑い)
トモノリ はい、わかりました……。そういう考え方もあると思うんですけど、実際問題として、Kが自殺した理由は、恨みというよりも、自分が道を貫いてきたにもかかわらず、精神的禁欲っていうのを、お嬢さんへの恋によって、挫折してしまうわけですね。その挫折からくる絶望感が大きなものを占めているのであって、先生に対する……。
カナ すいません。じゃ、次。(笑い)そちらの立論から、Kが先生にさらなる罪悪感を与えようとしているのではないかということが伺える箇所が二つあります。
 第一に、Kに対してすでに罪悪感を抱いている先生に死後の世話を頼むということは先生にとってとても辛いことであろうということがKには予測可能だったこと。
 第二に、「Kが先生を恨んでいたならお世辞でも礼は述べない」とあります。Kは先生がお嬢さんへの結婚を申し込んだ夕食時に、みんなの様子がおかしいということに気づいた上、先生とお嬢さんの結婚を知ったときに、先生がKに後ろめたさを感じていることについて既に察しがつくはずである。そう考えると、Kはあえて礼を述べることで先生が更なる罪悪感を抱くであろうということが予測可能である。つまり、Kは礼を述べることによって先生に更なる罪悪感を与えようと仕向けたと考えられるのですが、これらについてユキコさんどう思いますか?(笑い)
ユキコ まず、自殺するまで追い込まれた人間が、そうもいろんなことを考えるとは思えない。精神的にやられてんのに、そこまで追いやられて、自分のことで精一杯になっている人がそこまで相手のことを考えてるとは……。
カナ 例えば、Kと先生はお互いの性格をよく知ってるから、先生がKにそういうことをするまでの経緯っていうのは、先生がそこまで計画的っていうか、Kを裏切ろうとしたっていうことは明らかに分かってるし、それぐらいの察しがつくからやりかえそうという気持ちも起こると思うんですけど。(沈黙)じゃ、次。(笑い)
 第三の根拠として、Kは先生を嫌っていなかったから、死後の片づけを頼んだとあります。Kがもし先生のことを、大切な死後の世話をしてほしいと思うくらい、大切な人だと考えているのだとすれば、なぜ、あえて先生が相当のショックを受けるくらい、見るに悲惨かつ片づけが大変な死に方を選んだのですか?また、Kが先生のことを恨んでおらず、ただ純粋に死後の世話を頼みたかったのだとすれば、もっと違う、迷惑のかからない死に方をするのだと思うのですが、ナホさんどう思いますか?(笑い)
ナホ 悲惨な死に方じゃなくて、確実な死に方で死んだんですよ。
カナ 他にも死に方は、首つりでもいくらでも一人で死ぬことは出来ると思うんですけども。
ナホ 首つりは余計にえぐいんです。(笑い)
トモノリ 死ぬまでの時間がかかります、首つりは。
カナ 部屋で死ぬ必要もないと思うんですけど。例えば、先生だけに死んでる場所を教えて、違うところで死ぬこともできると思うんですけど。明らかに、死に方が見せつけている感じがします。(沈黙)襖もおかしいですよね?頸動脈っていうのは、ここですよね?ここを切ったら絶対に血が前に飛びますよね。先生の方の襖に血が付いているってことは、先生の方を向いて死んだということが確実に考えられると思うんですけど。
ナホ 布団の上で死んだんで、確実で、手近な死に方なんです。
カナ じゃあ、なぜあえて先生の方を向いて死んだんですか?(相談する声)
ユキコ 血が飛ぶ方向はわからないです。
トモノリ 血が飛ぶ方向は、頸動脈の逆っ側以外やったら、全体に広がるんでわからないです。
カナ でも、明らかに襖にいっぱい血が付いてたって書いてありましたよね?
ユキコ けど、それやったらもっといっぱい開けるはずじゃないんですか?何で二尺しか開けないんですか?
カナ 例えば、血を浴びせようとしなくても、明らかに先生の方を向いていたっていうのは意味があると思うんですけど。
ユキコ けど、布団にいっぱい血が付いてたん……。
カナ あ、すいません、じゃ、次。(笑い)「もっと早く死ぬべきだったのに、なぜ今まで生きていたのだろう」ということで、「もっと早く」というのは、「自殺の原因は最近起こった事件のせいではないということを意味する」と書いてありますが、このKの言葉を、君を恨んでしまうようなことになる前に、もっと早く死ぬべきだったのになぜ生きていたのだろうという意味に考えられませんか?モモコさん。
モモコ Kは、恨んでたから死んだんではなくて、根本的にKが自殺した理由は、自身の失敗で……(終了のベル音、爆笑)。

ワタル では、ただいまから三分間の作戦タイムを取ります。(三分経過)ただいまより、否定側の最終弁論を開始いたします。

ユキコ 手紙の中で「薄志弱行」という言葉があるんですけど、そのことから、自分の道に沿って生きてきたのに、それに反してしまったということに対して、理想の崩壊からくる深い反省の繰り返しで、自殺をしたということが言えて、それで、悲惨な死に方じゃなくて、頸動脈を切って死ぬのは確実な死に方であって、しっかり死のうという覚悟の表れが見えます。で、それは失恋とか、そういう迷いからくる自殺のサインとかじゃなくて、自分の道に反してしまったことに対しての、反省とかの意味で自殺したから、Kは先生を恨んでいたというのはあり得ないということを主張します。(相談する声)
 あと、そっちの第三の根拠に、先生は大切な人にそういう死に方を見せたくないって書いてあって、Kもそういうふうに死ぬはずであるって書いてあるけど、Kがそういうふうに思っているとは書いてなかったから、そういうふうには言えないし、で、そのことからも恨んでいるということは否定できない。(終了のベル音)

ワタル では次に、肯定側の最終弁論を行います。始めて下さい。

サオリ Kが恨みを隠しているという確実な根拠を、否定側の方が言ってなかったので、肯定できると思います。それと、死に方ですけど、確実な死に方だったら、他の場所で死ねばいいじゃないですか?でも、先生が振り返った時に悲惨だと分かるような死に方をしていたので、そこが違うと思います。
 と、襖が二尺だけ開いていたっていうことに関してですけど、その襖を開けたということに対して、Kが死んだことを先生に見てほしいというサインだったと思うので、私たちは肯定だと思います。(相談する声)
 明らかに死に方がおかしいと思うんですけど、頸動脈を切ったら確実に死ねる死に方と言ったけど、他にも死に方はたくさんあると思うんで、その辺は……。
カナ 先生がKの死体を見た時に、その後に自分の部屋の方を振り返った時に、襖に血がいっぱい付いてるってことは、そこに一番血が飛んだわけですよね。そこで、一番先生がショックを受ける場面で、そうなると先生の方を向いて死んだとしか考えられません。ということで、私たちはKの死に方とか、私たちの立論からしてこの論題に対して肯定します。

ワタル では、以上で第二回ディベートを終わります。ただいまより、判定を開始いたします。

(生徒による投票の結果、肯定側の勝利)

ワタル ただいまより、自由討論を開始します。論点について、先生、どう思われますか。
岩崎 はい、では、論点をいくつか提示します。三つ提示したいと思います。
 一つは、自殺の仕方の問題。要するに、血をかけたっていう自殺の仕方、あるいは死に方。恨んでいる死に方なのか、恨んでいない死に方なのかというね。
 二点目。Kは手紙の中では、あるいは直接先生に対してね、直接批判していない。恨み言を言っていない。このことは、本音なのか、皮肉なのかということですね。当てこすり、当てつけなのか、本音なのかとういことですね。これが二点目。
 三点目として、Kはどういう性格を、二点目にちょっと絡むんですけど、Kの性格はどういう性格だったか。そのことと、この恨む恨まないの関係はどうか、を考えたらどうかと思いますね。はい。
ワタル では何か。はい、ユカさん。
ユカ 肯定側の人に質問なんですけど、第一の理由で、Kは私に自分の血を浴びせようとしたことがわかるっていうんですけど、これは前の文章からの引用なんですか?
カナ 待って待って。
ユカ 前の文章に、Kが先生に対して血を浴びせようとして、その血はことごとくはね返されたみたいなことがあったし、遺書の最初の方で、先生が「私」に対して「私は今血を浴びせかけようとしています」というようなことを言ったじゃないですか。その二つともがいい意味で使われたと思うんですよ。もしも、肯定側の人達が血を浴びせようという意味を恨みとして取っているのかっていうことを聞きたいんです。
カナ うん、恨んでる。好きな人に血を飛ばしたいと思いますか?(「ほんまや」の声)
ユカ でも……。
岩崎 その関連はどうかっていうことやろ?
ユカ はい。
サオリ 何でそうやと思うかってこと?
ユキ 先生が最初に血を浴びせるって言ったのは、私に対して遺書で言うのは、いい意味で血を浴びせるやったやん?
トモコ あっ、えっと、それは心の問題で、この自殺の場合は実際に本当の自分の血を浴びせかけるっていう……。
ユカ それはどういう意味で血を浴びせたいって思ったんですか?
サオリ どういう意味?
ユカ なんか変じゃないですか?
カナ 自分の血が出るっていうのは……。
ユカ 浴びせたいんだったらもっと浴びとけばいいんじゃないですか、襖に……。
カナ そこをあえてちょっとしか開けないっていうところが……。
サオリ 私たちの気持ちを分かって下さい。(笑い)
カナ Kは基本的に、自分の行動や思ったことをおおっぴらにしない人ですよね。でも、ちょっとは……。(「ちょっとは?」の声)何ていうのかな、お嬢さんへの気持ちを先生に打ち明けたりとか、ちょっとはアクション起こすけど、おおっぴらにはしないですよね。それも襖と関係があると思います。
ヨウコ その、襖をちょっとしか開けてなかったっていう話ですけど、肯定に賛成で、その血を浴びせようとしたっていうのは置いといて、開けていたことによって、それはまた普段とは違った状況な訳ですよ。いつもは閉めていたものを開けていた。そこに、先生がふと目が覚めた時に気がつくわけです。それがもし閉まっていたならば、もしかしたら気づかずに寝ていたかもしれないし、朝、お嬢さんが発見する可能性もあったわけです。それもそういう関係で、いつもと何かが違うっていうことを示しているのではないかと思います。
カナ 大きく開けないっていうのは、Kの性格。Kが先生とか他の人に、今まで自分の思いとかをおおっぴらにしたことがないですよね。基本的に口数も少ない、自分の思いに対する行動も少ない。となると、先生に思い知らせるっていう感じもおおっぴらにはできない。っていうのも、襖が少ししか開いてないことに関係すると思う。
トモノリ Kがあまり感情を見せないっていう表現が、自分の意志を、まあ感情は見せてないかも知れないですけど、自分の意志に対してはすごく明確に動く人物やと思うんですよ。
カナ それは、自分のこと、自分に対して思ったことですよね。他人に対して思ったことであって、自分の中で思ったことです。だから、道を信じてたっていうことに対して、他の人に何か関係がありますかってことですよね。自分のことは自分で出来るけど、だからその、死を見せるとか、気持ちを伝えるっていうのは誰か絶対に相手がいますよね。道を信じてるっていうのは自分だけのものであって、相手は関係ない。そこの違いだと思います。
ワタル いっぱい挙がってるやん。誰当てようかなあ……。
岩崎 今の論点にかみ合うやつから優先して。
ワタル 今の論点にかみ合うやつはありますか?じゃ、マヤさんから。
マヤ カナさんが、Kは性格的にあまり自分の感情を出さないって言ってたんですけど、その、血を襖に浴びせること自体、結構強いことじゃないんですか?
カナ 最後の、自分の気持ちよ。
マヤ 最後に自分の気持ちをやりたいんだったら、襖を開けたらいいじゃないですか。
カナ じゃあ、自分の気持ちを示したいなら、なぜ遺書に書かないんですか?おかしいですよね。
ユキコ それについて、そちら側(肯定側)の立論で、手紙はみんなが読むものやからって言ってはった。警察も見る、いろんな人が見るから、書かずに簡単で、……言ってたから、おかしい……。矛盾してると思います……。
トモコ 自殺やと、後で……。
トモノリ 何で自由討論でこんなに張り合ってんやろ……。(爆笑)
トモコ 自殺やと、後でいろんな人が見るじゃないですか。それで、もしそこでKが先生のことを恐れて、失恋のこととかを全て述べていたならば、K自体、失恋で死ぬということが明らかになって人に知られるっていうのが、それもKは、そういう精進という道を行ってる人間だったんで、人にそういうのを知られたくなかったっていうのもあると思います。(騒然となる)だから、それは、先生とKは昔から仲のいい間柄じゃないですか。だから、他の人に見られる遺書の中にはそういうことをはっきりと書いて事実は述べていないけれども、ひどい死に方をした遺体の後片付けも全て私に頼んでいるということ自体が、それは、辛い思い、罪の意識をさせるためにしたんだと思います。
ワタル 次の質問行きます。今の論点と関係のある質問のある人は?はい、マイコさん。
マイコ 襖が……。(「襖ばっかりやん!もうええって!」の声。爆笑)中途半端に開いてたら、開いてたっていうのは、実際Kが完全に死にきるためだって……。だから、先生がちょっと起きた時に、気づいたかもしれない。それで、止めたかも知れないやんか。じゃあ、結局、なんか、Kが先生を恨んで死にたかったのに……。
サオリ もう一回言って。どういうこと?
トモノリ つまり……。
サオリ いやいやいや、自分に聞いてへんし。
トモノリ あ、はい……。
マイコ 肯定派なんですけど、大きく開きすぎていたら、先生に見つかったかもしれない。だから、微妙に開けてたっていう……。
サオリ ああ、そうそう。彼女は肯定派だから、私たちをフォローしてくれたんだ……。
ワタル では、次の質問どうぞ。ヨーコさん。
ヨーコ もっと根本的にKが、恨んだかどうかの話なんですけど、Kは何度も人を裏切っているんですよ。自分の親とか、養家とかを。で、その、裏切る時に、道のためならそのくらいのことをしても構わないって言ってるくらいの人間だから、今更先生に裏切られたっていうか、先を越されたくらいで恨むのかなって……。
ワタル では、次の質問、意見。
ユキ 遺書にKは自分の中のものを……してなかったから、遺書にも先生を恨むとかいうことが全く書いてなくて、先生自身はKが……、いやK自身がもしも恨んでたとしても、先生自身は言葉で聞かないから実際にはわからへんから……。
サオリ だから死に方で表す……。
ユキ ちょっと待ってや。だから、Kは何も決定的なことを言ってないから、先生の取り方によって全部変わってくる。
カナ でも結果論としては先生はそう思ったやん。お互いの性格が分かってるんなら、それくらいの察しはできるやろ。
ユキ でも、それは、先生の中にKを裏切っちゃったっていう気持ちがあったから。
サオリ それな、死に方がな、無惨な死に方してるやんか。
ユキ でもさ、先生は間違って取ってるやん。
サオリ 間違ってってどういうこと?
ユキ だから、先生は「私」に対して、血を浴びせるってのはいい意味で使っちゃってるやん。
サオリ いい意味?
ユキ だから、自分は……。
岩崎 ちょっといいかな。それはね、先生はそう取ってるけど、Kは客観的にそういう意味で捉えていないってこと言いたいんでしょ?
サオリ うん。
岩崎 かどうかわからないってことで。
カナ だから、根本的に違う気がする……。
岩崎 で、今、論点がいくつかあるんで、一つはね、一番大事だと思うのは、Kは直接先生に恨み言を言わなかった。これは事実や。確認できるわな。これは果たして、Kが先を計算していたことなのかね。言わないことによってあいつは苦しむだろう。だから、そうしてやろうと思って意図的にしたのか。純粋に本音を言ったことなのか。つまり、恨んでいないということを表明したのか。どちらなのかということです。Kの性格から、それは説明せなあかん。
ワタル 誰か意見ありますか?
岩崎 もうちょっと言うとな、Kは正直者なのか、あるいは打算的な人間なのかってことです。(数人から「正直者!」の声)なぜ?
ユキ だって、禁欲……主義者。
岩崎 ……禁欲主義者だから?
ユキ ちょっと待ってや。
トモノリ Kは、自分が言ったことは全部そのまま必ず実行してかかる、そういうところがある方で、基本的に言ったことと行動に矛盾が出来るだけないような人間やから……。
岩崎 例えば?
トモノリ 例えば、先生のコメントであったと思うんやけど。「ここまで議論が進むと、Kは後まで引き下がりません。それを自分で実行しにかかります。こうまで行くとKは偉大でした……。」(「よう覚えてんなあ」「何ページ?」の声)
ワタル モモコさん、どうぞ。
モモコ Kは道に沿って生きてた人じゃないですか。ってことは、策略っていうか、そういう裏の計算みたいなことは、普通そういうのって宗教的なもんで、やらなくないですか?そういうことは、さらにKの道に反するんじゃないでしょうか。
カナ 個人の問題ちゃうん?
ワタル じゃ、それに対して何か意見ありますか?
サオリ 宗教的っていっても、そんなんわからへんやん。
カナ 宗教的に、めっちゃ、そういうの信じてる人が、人を裏切ったりするかなあ?叔父を裏切ったりしてるわけやん。
モモコ 道のためなら、すんねん。
岩崎 まあ、そういう人が多いという可能性はあるわな。宗教を信仰してるとね。
モモコ うん。一般的に言って。
岩崎 Kがどうかはまた別かもしれんけども。Kはそういうね、人の心を読んだり、先を計算したりとか、そういうことが出来る人かどうかってことや。
モモコ そうですね。(笑い)
ワタル はい、ヨウコさん。
ヨウコ 私は、Kが人の思ってることとかに、すごく敏感で、よくわかる人だと思います。先生が何度もお嬢さんのことを打ち明けようとしてるのに、Kがそれを遮るようにしてる……。
岩崎 房州旅行の時やろ。
ヨウコ そうですね。本当はKは知っていて、先生が好きだっていうことも知っていたけど、自分がもし先に言ったら、先生は、自分のことを、Kの方が自分よりも優れていると思っていたからそこで諦めるんではないかと(Kが)思って、言って、それを先生には告白させなかったっていう可能性があるのではないかと思います。
岩崎 今、新しい論点が出ましたね。Kは先生がお嬢さんを好きだということを知っていたんではないかという、新しい論点が今でました。どうですか、それは。
カナ あり得ると思う。
岩崎 気付いていると、Kは。先生が静を好きだということは、もう見抜いている。そういう、心の細かい機微を察知できる人やと、Kは。
ユカ 私は、Kはそういうことに気付いてないと思うんですよ。
岩崎 対立したな。
ユカ Kは、恋については全然敏感じゃないってことを先生が語ってたじゃないですか。それで、全然敏感じゃないから、Kは先生がお嬢さんを好きだったと知らずに、先生に自分の恋を打ち明けたことについて罪悪感を感じたっていう取り方もできると思います。それで、別に先生を恨んでいるんじゃなくて、自分に対しての、先生に対する罪悪感と、自己嫌悪で死んだとも取れると思うんですよ。
ワタル アイコさん、どうぞ。
アイコ え、アイコさん、微妙……。私は、Kはお寺の人だから、自分の言ったことにすごい……だから、そんな人が死んでまで先生を苦しめようと思わないし、お墓のことまで面倒見てって頼まないと思います。
サオリ 頼んだことによって、先生はその……。
アイコ 頼んだってことは、世話をずっとする訳でしょ。嫌いな人にお墓来られたら嫌じゃないかな。
カナ 例えば、それが、Kが策略家であって、それを狙いにしてると考えたら?
アイコ 彼の育ち的に、策略家じゃないと思う。そういう人が多いかなって、そういう感じ……。
岩崎 議長、議長。まだ言ってない人当てて。
ワタル 次、カナコさん。
カナコ ……(聴取不能)……、最後死ぬ前に策略家になってたと思う。
トモノリ 自殺の理由として考えるのが、そういう理想的な人生が今崩壊しかかってるわけやから、崩壊を止めるために死んだっていうふうな観点から見たら、むしろ残りのちょっとをきれいに生きようとしたっていうことも取れんことないかなって思う。
トモコ でも、タイミングが……。
トモノリ ヨーコさん。
ヨーコ Kが死んでるのって、私がお嬢さんと結婚するのを知って何日も経って……。もし、Kが「覚悟」というのをお嬢さんに結婚を申し込むとか、そういう覚悟であったんだったら、その時点で聞いてすぐ死んだかも知れないけど、そこから自分が意志薄弱とかそういうことを、ずっと考えて死んだとすれば、先生を恨んでたんじゃなくて、自分自身を、自己嫌悪というか……、じゃないかなと思います。
岩崎 時間が来ました。Kが結婚をした時にね、「私には金がないから何もあげることが出来ません。お祝いをあげたいが」、これは皮肉か、本音かや。(一斉に「本音」の声)でね、今は答え出しませんが、(終業のチャイム音)ポイントは、Kは正直にしか生きられない人間なのか、策略をめぐらす能力を持っているのかっていうことがポイントだと、僕は思ってます。また、考えといて。

以上