「モアイは語る─地球の未来」(光村・中2)の吟味よみ

※以下の教材研究は、2007年8月の読み研第21回夏大会・模擬授業で配布した資料の再録である。

(1)吟味よみの意義とスキル

 吟味よみには様々なレベルがある。加藤郁夫氏は以前「吟味の評価」として次のような分類を行った。

①・文章そのものの正否をほとんど左右しないようなもの(些末的な吟味)。
②・文章全体の内容を左右するほどではないにせよ、その表現に一定の問題をもつもの。(リライトを考えてもよい文章といえる)
③・その表現だけでは何とも判断できないようなもの。(調べ学習へと発展する要素をもつ)
④・文章そのものの正否に関わるもの。
⑤・よい点を評価する。
(読み研第十八回夏の大会における加藤郁夫氏の提案より)

 本教材の吟味では、「文章そのものの正否に関わる」ような「明らかな誤り」は読めないが、「文章全体の内容を左右するほどではないにせよ、その表現に一定の問題をもつ」「その表現だけでは何とも判断できない」箇所は見られる。そこで、「他の可能性や他の解釈を考えられるような力」「意見を保留し、自力で資料にあたり、事実を確かめる力」をつけることを目標とする。インターネットによる検索で手軽に調べられるデータや、新書本・他の教科書との比較を中心に、「調べ学習」への発展をめざす吟味よみを提案したい。

【吟味よみのスキル】
a 使われている言葉・用語は適切か。〈表現の吟味〉
b 書かれていることがら(事実)に、「あいまいなところ」「不十分なところ」「明らかな誤り」はないか。
 「ことがら(事実)の選び方(選択)は適切か」。〈事実の吟味〉
c 文・段落の関係で、「話が飛びすぎていないか(飛躍)」「食い違いはないか(矛盾)」「因果関係は適切か」。〈論理の吟味〉

(2)評価できる点

 森林破壊と文明崩壊という一見別の事柄が実は因果関係によってつながっていたとの指摘は、着眼点に意外性があり、知的興味を喚起する魅力を持っている。

(3)問題点 ※【 】内は、その吟味で活用するスキルを表す。

①本当に「森の消滅」が「文明を崩壊させた根本的原因」なのか

 筆者の論理展開は「森の消滅→土壌浸食→バナナ・タロイモ栽培困難・漁獲不能→食糧危機→部族間抗争→モアイ破壊→文明崩壊」と、森の消滅がそれ以降の事実を連鎖的に引き起こしたかのように述べている。いわゆる「風が吹けば桶屋が儲かる」式の連鎖的因果関係である。これらの因果関係には、いくつかの問題がある。
 第一に、森林消滅から食糧危機・部族間抗争にいたる時間的経過の不自然さである。筆者の記述を基に割り出すと、次のような事実経過が浮かび上がる。まず、「七世紀ごろから」「ヤシの森が消滅していった」ことに加えて、十一世紀にモアイの製造が始まったあたりから、「森がよりいっそう破壊されていった」とある。とすると、十一世紀からそれほど遅くない時期に食料危機や部族間抗争が発生しているはずである。ところが、それ以後十六世紀までの五百年間、人口は世紀を追う毎に増加している。食料危機や部族間抗争が続く中で、人口が増加することは不自然である。ということは、少なくとも十六世紀までの五百年間には、食糧危機や部族間抗争はなかったとの推測が成り立つ。しかし、そうだとすると、「根本的原因」である森の消滅から食糧危機・部族間抗争に至るまでの時間が五〇〇年以上かかるというのもおかしい。 以上を総合すると、食糧危機や部族間抗争は森の消滅以外の原因で一六世紀以降に発生したか、森の消滅そのものが一六世紀以降に発生したかのどちらかであると考えられる(→調べ学習の課題1)。【書かれている事実に不十分さはないか】

イースター島史年表(本文の記述を基に作成)

時期島の出来事ヤシの森人口
5世紀ポリネシア人が移住覆われていた
7世紀消滅していった増加
11世紀モアイ製造が開始いっそう破壊された(500~700人)急増
12世紀(1,000~1,300人)
13世紀(2,000~2,500人)
14世紀(4,000~5,000人)
15世紀(8,000~10,000人)
16世紀15,000~20,000人
17世紀後半~
18世紀前半
文明崩壊

 第二に、食糧危機は森の消滅以外の原因──人口増加が起因して発生した可能性である。一般的に、ある事象が発生した場合、そこには様々な原因が複合的に影響しているものである。一つの事象だけが原因となって、別の事象を引き起こし、さらにそれだけが原因となってまた別の事象を引き起こす──といった単純なものではない。 本文では、作物の栽培が困難になったとあり、確かにそれは森の消滅による土壌浸食が原因となった可能性もあるが、それ「だけ」が原因であると言い切ってもよいものか。むしろ、増大する人口を賄えなくなったことをも主要な原因と考えるべきである。食糧が豊富か否かは、栽培の絶対量ではなく、人口とのバランスによって判断すべき問題である。現に筆者は、19段落で地球の農耕地面積と人口とのバランスの問題を述べている。仮に森が消滅せずに残っていたとしても、2万人もの人口を賄える農耕地を維持できないために食糧危機が発生していたかも知れない。すなわち、森の消滅と人口増加は別々の原因として食糧危機を招いた可能性がある。そもそも、後文での筆者の主張を見れば、単純に森林破壊だけでなく人口爆発との関係で地球の未来を論じている。そうした主張に基づけば、文明を崩壊させた「根本的原因」は、森の消滅だけではなく、人口増加などが複合的にかかわっていると言うべきではないのか。
 また、第二の問題点にもかかわるが、森の消滅よりも人口増加の方がより「根本的原因」ではないのか。筆者も述べている通り、「人口が増加する中で家屋の材料や日々の薪、それに農耕地を作るために伐採された」のである。ましてや、十一世紀から十六世紀にかけて人口が四〇倍にもなったわけである。そのことが森林破壊の最大の原因であることは間違いない。「文明を崩壊させた根本的原因は、森の消滅にあったのだ」と言う前に、なぜ人口増加について触れないのか、不自然である。【因果関係は適切か】
 第三に、「森の消滅」以外に全く別の原因は考えられないか。食糧危機を引き起こしそうな原因ならば、例えば天災や天候不順による不作などが思いつく。また、島内の部族間抗争だけでなく、他島の民族との抗争の可能性もある。これについては、他のテキストにあたってみる必要がある。(→調べ学習の課題2)

②「文明の崩壊」とは何を指すのか

 筆者は、食糧危機と部族間抗争により文明が崩壊したと述べているが、文明の崩壊とは具体的にどうなったことを意味するのかが示されていない。何をもって「崩壊」と判断するのか。「そのときに倒され破壊されたモアイ像も多くあった」「モアイも作られることはなくなった」「千体以上のモアイの巨像を作り続けた文明」という文脈から推測すると、「モアイが製造できなくなった=文明の崩壊」と筆者は考えているようである。そうだとしても、「そのような経過をたどり、イースター島の文明は崩壊してしまった」と述べるだけで、具体的な状況を示さないのは、説得力に欠けると言わざるを得ない(→調べ学習の課題3)。【使われている言葉・用語は適切か】

③別のテキストにはどう書かれているか(調べ学習への発展)

〈課題1〉森の消滅はいつ生じたか
 インターネットで調べると、食糧危機と部族間抗争は一六世紀以降に発生していたことが判明する。

 その後、モアイ製作やカヌー製造、農耕の拡大などで伐採が進み、島全体から森林が消えてしまう。
 その結果、表土が流出し、農地は荒れ果て、また木材が不足してカヌーの生産にも支障が出たことから大規模な飢餓が発生。そのためもあり、一六世紀から一七世紀にかけて部族間の紛争が起こり、モアイの破壊合戦が起こる〔中略〕この時代、人口は激減し、伝承によれば人肉食さえ横行していたとされる。(フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」)

 最盛期には最多で三万人いたといわれる人口だが、島とその周辺の天然資源はそれだけの人口を支えきれなかった。一七世紀には森林乱伐による自然破壊が飢餓と内乱を引き起こし〔以下、省略〕(「はてなダイアリー」)

 森の消滅についてはっきりとは書かれていないが、記述からすると十六世紀から十七世紀にかけてであることは間違いないであろう。これにより、事実の発生時期の記述には不十分さがあることが明らかとなった。【書かれている事実に不十分さはないか】

〈課題2〉「森の消滅」以外に文明崩壊の原因はないか
a ヨーロッパ人による侵略説
 インターネットで検索すると、島の歴史が書かれている。両データに共通して書かれているのは、一八世紀以降のヨーロッパ人による「侵略」の事実である。

 一八世紀から一九世紀にかけて、住民らが奴隷として連れ出されたり、ヨーロッパ人などにより外部から持ち込まれた天然痘が猛威を振るったりした結果、島の人口はさらに激減し、先住民は絶滅寸前まで追い込まれた。一八七二年当時の島民数は、僅か一一一人であった。(フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」)

 さらに一八世紀ヨーロッパ人の来航後、天然痘の流行、奴隷狩りにより一九世紀末には一一一人まで減少してしまう。(「はてなダイアリー」)

さらに、新書にも同様の記述がある。

 実はイースター島で起きた内戦が、石の巨像を滅茶苦茶にしたのである。だが、イースター島にある謎の文化全体を完全に破壊したのは内戦ではなかった。破壊したのは外部文明であった。それがくる前までは島には古代の文字=コハウ・ロンゴ・ロンゴを知っているものがまだ生きていた。〔……〕一八六二年にイースター島は、働き手を集めるため人狩りをしていたペルーの海賊たちから、前代未聞の野蛮的襲撃を受けた。働くことができるほとんどすべての男子が奴隷商人に強制的につれ出され、南アメリカ海岸チンチ島でのグアノ(肥料になる海鳥の糞)採取労働のために売られた。これはイースター島の住民にとって致命的な打撃であった。(『イースター島の謎』講談社現代新書)

 つまり、文明の崩壊を決定づけたのは、外部文明による侵略行為であったという見方もできるわけである。むしろ、そうした見方の方が主流であるとも言える。

b ラットの爆発的繁殖説
 また、次のような見方もある。

 森林から太い木をばっさいしたとしても、絶えず新しい芽が出て、順調に成長していたとしたら、森林には常に太い木が存在し、人々のくらしに必要な材木も持続的に供給されたはずである。しかし、イースター島では、ヤシの木の森林が再生することはなかった。
 人間とともに島に上陸し、野生化したラットが、ヤシの木の再生をさまたげたらしいのだ。
 ラットは、人間以外のほ乳動物のいない、すなわち、えさをうばい合う競争相手も天敵もいないこの島で、爆発的にはんしょくした。そのラッ卜たちがヤシの実を食べてしまったために、新しい木が芽生えて育つことができなかったようなのである。
このようにして、三万年もの間自然に保たれてきたヤシ類の森林は、ばっさいという人間による直接の森林破かいと、人間が持ちこんだ外来動物であるラットがもたらした生態系へのえいきょうによって、ポリネシア人たちの上陸後、わずか千二百年ほどで、ほぼ完ぺきに破かいされてしまったのである。(鷲谷いづみ「イースター島にはなぜ森林がないのか」『新編 新しい国語 六年上』東京書籍所収)

 いずれにせよ、他のテキストにあたることで他の事実があることが判明する。そうした事実に一言も触れずに、「森の破壊が根本的原因だ」と主張するのは、重要な事実を恣意的に選択しなかった筆者の意図を感じざるを得ない。【事実の選び方(選択)は適切か】

〈課題3〉「文明の崩壊」をどう定義するか
 文明とは「文字をもち、交通網が発達し、都市化がすすみ、国家的政治体制のもとで経済状態・技術水準などが高度化した文化をさす」(『スーパー大辞林』)とある。前項で引用した、「だが、イースター島にある謎の文化全体を完全に破壊したのは内戦ではなかった。破壊したのは外部文明であった。それがくる前までは島には古代の文字=コハウ・ロンゴ・ロンゴを知っているものがまだ生きていた。」(『イースター島の謎』講談社現代新書)という記述をふまえると、古代文字を知っている者がいなくなった段階が文明の崩壊と言えるのではないか。【使われている言葉・用語は適切か】

④筆者はなぜ「森の消滅」に固執するのか
 筆者が「森の消滅」について、文明崩壊の他の原因を無視してまでそれを強調するのはなぜか。「森林は文明を守る生命線であり、効率よく長期にわたって利用する方策を考えなければならない」という後文の主張を支える前提となるのが「森林の消滅」であるということであろう。素朴に考えれば、結論を急ぐあまり自説に都合の良い事実を誇張したのではないかと考えられる。