高校最初の授業で小説の学び方をどう教えるか

志賀直哉『暗夜行路』「序詞」を使って

 読み研第24回夏の大会において、「中学校・高等学校の国語の授業づくり入門」を担当した。その際、高校1年最初の授業で扱った教材『暗夜行路』の中の「序詞」を取り上げたが、本報告はその再録である。
 なお、以下の教材分析は『大西忠治教育技術著作集14 文学作品「読み」の指導技術』(明治図書、1991年)にある大西の分析を下敷きにしていることをお断りしておく。

(1)授業の目標

1) 小説の読みには表層と深層の二つのレベルがあること、深層の読みとは「書かれていることを根拠に、書かれていないことを読みとること」(=ウラ読み)であることを理解させる。

2) 小説を読む方法として、以下の項目を理解させる。
* 時……設定された時代・季節・時刻はいつか?
* 場……場所はどのように設定されているか?
* 人物……人物の性格・年齢・職業・地位・家族構成はどうなっているか?名前から何が読めるか?
* 事件……登場人物同士の関係はどうか?
* レトリック(工夫された表現)……どのようなレトリックが用いられているか?
* 題名……題名が暗示するものは何か?

3) 小説の深層を読むこと(ウラ読み)により何気なく読み流していてはわからない意外なことがらが読めること、それが小説を読む面白さであることを理解させる。

(2)教材分析

1.表層の読み(省略)

2.深層の読み

1) 時
*時代……「夕餉」「手水場」「書生」から明治以降昭和初期までの時代である。
*季節・時刻……「秋の夕方」とあるが、屋根に登っているところから、あまり寒くない、過ごしやすい時期ではないか。初秋頃と読める。「西の空が美しく夕映え」から、のどかな雰囲気が感じられる。

2) 場……「人々」「しも手水場」(「かみ手水場」を暗示)「母屋」から、使用人の多い、かなり広い家であることが読める。「山本」という言い方から彼は世話係(=書生?)であり、「車夫」もいる、かなり裕福な家庭であることがわかる。

3) 人物……四~五歳のようだが、「忘れた」とあるので定かではない。これを語る話者は今何歳か?少なくとも二〇歳以上の大人であろう。「母に死なれて」とあるので、もっと上かも知れない。裕福な家庭の坊っちゃん育ち。一人で遊んでいるので、一人っ子か。友達が少ないのか。「謙作」から何が読めるか。「謙」は、「へりくだる。控えめで慎み深い。」という意味がある。「作」は男子の氏名によく使う文字。「つくる」「なす」といった能動的な意味を持つ。謙虚で能動的な人物の象徴か。

4) 事件……母との関係が中心である。特に作品の後半部分から母との関係を読みとる。(後述)

5) レトリック……「今は足の下にある」「夕映えている」「飛んでいる……」と、過去の出来事を語る中に現在形を集中的に用いている。臨場感を出し、読者を作中に引き込む効果。

6) 題名……「暗夜」は「くらい夜」であり、夜の暗さを強調。「行路」は「人として生きてゆく道すじ」。苦悩の多い人生を生きていこうとする主人公の姿勢を暗示しているか。

3.主人公と母との関係(主題との関係)

 この作品を一読した上で「主題は?」と尋ねられると、ほとんどの生徒が「母の子に対する愛情」と答える。しかし、それは作品の細部を読み落とした結果、「わかったつもり」になっているに過ぎない。むしろ、この作品の主題は正反対であることを、一語一文を正確に読む中で明らかにすることが重要。

1)「謙作。──謙作。」と下で母の呼んでいるのに気がついた。それは気味の悪いほど優しい調子だった。
 ふつうの優しさではない。無理に優しくしたような、つくられたような優しさである。四・五歳の子どもにそれがわかるのだから、この母親はふだんは優しくない人ではないだろうか。

2) 母の目は少しつり上がって見えた。ひどく優しいだけただごとでないことが知れた。
 優しさを装っていても、心では怒っている。こういう作為的な「優しさ」がかえって怖いことを、謙作は経験的に知っているのであろう。

3) 私はじっと目を離さずにいる、変に鋭い母の視線から縛られたようになって、身動きができなくなった。
 謙作は母の言うことに意志的に従おうとしたというよりも、「縛られ」て「身動きができなくなった」のである。母の怖さを体験的に知っているからこそ、まるで条件反射のように体が反応したのではないか。

4) 案の定、私は母から烈しく打たれた。母は興奮から泣き出した。
 謙作は打たれることを予想していた。日常的にも打たれた経験があったのである。しかも、「烈しく」である。この母親は、きびしい母である。普通の人より感情が激しく、神経質で、自分を抑えることの出来ない性格だ。心の底では謙作を愛しているが、表面では冷たく厳しい態度をとっている。甘えられない母。さらには、まだ分別もつかず、責めても仕方のない謙作を打たずにおれない、何か訳ありげな背景を感じさせる。

 このように、屋根に登った事件の描写の中で繰り返し語られる母親像と謙作の母親観から、どこか異常な母子関係が浮かび上がってきた。では、その事件を語り手が解説的に意味づけている最終段落を読む。

5) 母に死なれてからこの記憶は急にはっきりしてきた。後年もこれを思うたび、いつも私は涙を誘われた。
 母と子であれば、他にもたくさんの思い出があって当然なのに、屋根の事件を「この記憶」「これ」と限定している。なぜそれほどこの事件にこだわるのか。「涙を誘われた」とはやや大げさすぎないか。しかも、「後年も」「いつも」である。子どもの危機に際して強く表現された母親の愛情が、それほどの強い印象を子どもに与えたとすると、この母親はふだんはあまり謙作に愛情を表さなかったであろうことが裏付けられよう。

6) なんといっても母だけはほんとうに自分を愛してくれていた、私はそう思う。
 母親が子どもを愛するのはふつうのことである。それをこれほど強調するのは、逆に、謙作が愛情の薄い境遇で生きてきたことを思わせる。「母だけは」は、父をはじめとして家族の者の愛情を受けていないという意味にもとれるし、母親の愛情だけは確認したいという強調の意味にもとれる。最後の「私はそう思う」に見られる強調も、「私はそう思いたい」というニュアンスを感じさせる。つまり、主人公が母の愛を強調しなくてはならないところに、はっきり自覚しているわけではないが、母の愛情に対する無意識の迷い・疑いがあるのではないか。この主人公と母との愛情が世間一般のそれとは違っているから、ここまで執拗にこの記憶にこだわり、その中で母の愛情を確かめずにはいられなかったのではないか。

 こうした読みを総合すると、この作品の主題は「母の子に対する愛」ではなく、「母の愛に対する無意識の迷い・疑い」と読むべきではないだろうか。

(3)授業計画メモ

1.前時の作業

前時最後の10分で漢字の読み・語句の意味調べをノートにまとめさせる。

〈教える手順〉
1) 読めない漢字には鉛筆を使って◯を囲み、意味のわからない語句には____を引く。
2) 該当する漢字・語句をノートに書き出す。
3) 辞書で調べて、ノートに書き込む。意味が複数ある場合、どちらが文脈に合っているかを判断し、書く。
4) わからないことがある場合、赤ペンでノートに印を付ける。

2.本時

1) 導入(10分)
■小説を読むことの本質・面白さが「ウラ読み」「推理読み」にあることを説明する。
【発問】「なぜ小説を読む必要があるのでしょうか。自分の考えをノートに書きなさい」
 →「小説を読む意味」を各自ノートに書かせる。「その答えはこの小説を学習した後に説明します」
【説明】「小説の読みには、浅いレベルと深いレベルの二つのレベルがあります。前者を表層の読み、後者を深層の読みと呼びます。例えば、……」
* 表層の読み……漢字が読める、語句の意味が理解できるなどのレベルの読み。書かれていることがらを読むこと。予習では必ず必要。
* 深層の読み……「書かれていることを根拠に、書かれていないことがらを読む」こと。ウラ読み。推理読み。
* 例・「私を見て読めることを指摘しなさい」→見た目から年齢、言葉遣いから出身地、指輪から既婚、等。
【説明】「小説の読みで重要なのは、〈ウラ読み〉〈推理読み〉です。その中でも、今回は人物の読みを取りあげます」

2) 範読(3分)

3) 表層の読み確認(3分)
【説明】「先ほどの予習でわからないものがあれば質問して下さい。ただし、質問の際は必ず〈付け問い〉にすること」
*付け問い……教師への質問の際に、「○○はどういう意味ですか」と聞くのではなく、「○○の意味は~ですか」と答えを付けて(予測して)問うこと。間違ってもいいので、推測して問う努力をすることを要求する。

4) 深層の読み(主人公の人物像10分)
【発問】「主人公謙作はどういう人物ですか。本文の言葉を根拠に、年齢・職業・地位・家族構成・性格など、読めることをすべてノートに書き出しなさい」
* 「本文の言葉 → 読めること」という書き方でノートさせる。
* 適宜指名して、意見を言わせる。
* 読みとらせるポイントは、上記分析から年齢・家族構成・経済状況・名前など。それ以外の意見が出た場合、根拠があれば許容する。根拠のない、思いつき的意見の場合は、発言したことを高く評価しつつ、「それは読めない」と否定する。

5) 深層の読み(母との関係15分)
【発問】「謙作と母とはどういう関係ですか。謙作は母をどのように見ていますか。読めることをすべてノートに書き出しなさい」
* 「本文の言葉 → 読めること」という書き方でノートさせる。
* 考えさせた後、隣の生徒と話し合わせる。意見を言わせる。
* ポイントは、「普段から母は謙作に厳しく、たびたび手を出していた」「死なれてから記憶がはっきりしたということは、生きている時はそれほど母の愛を感じていなかったのではないか」という読みを引き出す。
* 最後の一文は必ず問題にする。「母は自分を愛していてくれたのだ」と比較させる。「なんといっても」「だけは」「ほんとうに」「私はそう思う」などの、畳みかけるような強調表現の繰り返しは、「そう思いたい」という語り手の思いの表出ではないか。本当は「愛されていない不安」があったのではないか。そういう余地があることに触れる。もちろん、字面の通り、「母は自分を愛してくれていた」ことを実感しているとの読みは前提であるが。

6) まとめ(5分)
【説明】「小説を深く読む面白さは、なんとなく読んでいたのでは気づかなかったことが、深く読むことによって浮かび上がってくるところにあります(「暗夜行路」の例)。そして、小説を深く読む力は、物事を深く分析する力につながり、他人の気持ちを深く読む力、他人を理解する力につながります。他人を理解できるからこそ、他人に敬意を持ち、尊重できるのです。これが小説を読む意味です。」